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「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(2019)

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オリジナル版「この世界の片隅に」(2016)にリンさんの物語が加わったという完全版。オリジナル版で、確認のため3回劇場通い、リンさんは幼いころ叔母の家で出会った座敷わらじであると突き止め、完全版を楽しみにしていました。(笑)リンさんが加わったことでどう物語が変わるのかと心待にしていました。

驚きました!オリジナル版に約30分のリンさんの物語が加わることで、まったく新しい物語になっていました。オリジナル版は戦時中の広島県呉市に18歳で嫁いだ“すず”が戦禍の激しくなる中で懸命に生きる姿を描いた物語でしたが、完全版は“すず”が 女であるが故の“さらにいくつもの”体験を踏んで、北条家が自分の居場所であると定める「女の一生(半生)」が描かれていました。

オリジナル版に引き続き「戦争の怖さ、愚かさ」や「戦争という非日常が日常化していく恐ろしさ」は全く色あせることなく、涙あり、笑いありで“すず”の内面が深く描き出されています。すず役の“のん”さんは、この役に完全に嵌っていて、すずが笑顔で耐え偲ぶところは、彼女の人生を見ているように感じました!

原作はこうの史代さんの同名漫画。未読です。監督は片渕須直さん。
声の出演はのん・岩井七世細谷佳正・尾身実詞・小野大輔稲葉菜月さんらオリジナル版のキャストに加え、花澤香菜さんが新たに参加しています。花澤さん(テル)の出番はわずかですが心に残るものでした。

ねたばれ(感想):
広島市から海軍の街・呉に嫁いできた18歳のすず。夫・周作とその家族に囲まれ、戸惑いながらも嫁としての仕事を一つひとつ覚えていく。戦況が悪化し、配給物資が次第に減っていく中でも、すずは様々な工夫を凝らして北條家の暮らしを懸命に守っていく。

昭和19年8月のある日、高価な砂糖を蟻に食われ、姑の勧めでいつもと違う道で闇市に出向き砂糖を買うが、帰り路が分からなくなり(笑)、竜宮城(遊郭)に迷い込み、どうしたらいいものかと路面にスイカの絵を描いていて、美しい女性(遊女・リン)に出会う。
リンはすずの言葉に懐かしを感じ、夏、スイカを食べた話をし、アイスクリームの絵を描いてと注文したが、こんなところに長居してはいかんと丁寧に道筋を教えて別れた。このころのすずは義姉・径子が実家・北条家に戻って居座り、夫周作は親切だが何でも話せるような関係ではなく、居場所のない寂しさを抱えていたので、リンに親しみを感じた。

すずは夫・周作に呼び出されてデート。周作が「あんたを選んでよかった」と言ってくれるが、夫には言い出せないことがあった。
アイスクリームの絵を持ってリンを訪ねた。リンは「兵隊さんからこれもらった」と“白木リン”と書いたノートの切れ端を見せて、名は“リン”と明かす。

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すずは「子供ができないから離縁されるかも」と悩みを打ち明けた。リンは「自分の母はお産で死んだ。売られた私は生きている。女はうまく出来ているの!“この世に居場所がなくなることはない”」という。この言葉にすずは救われた。

疎開に備え家を整理していてりんどう柄の茶わんが出てきた。しかし、誰もこの茶わんに見覚えがないという。このころ北条家に居候していた小林夫婦が「すずさんに分からんかってよかった」と漏らしたのを聞いたすずは、竹槍を作っていても気になり(笑)、周作の机の引き出しから裏表紙が切り取られたノートを見つけ、これがリンの持っていたノートの切れ端であることを知った。さあ~大変だ!(笑)
すずは葉っぱを集めて“代用タドン”を作っているところに、周作が仕事から帰っても物も言わない。(タドンが分かりますかね?)
夜、夫が身体を求めてもすずは「寒い!」と火鉢のタドンをかき回し始め、「自分はリンの代用品か!」と悔しさを露わにする。すずのこの真っ当な情念は分かる!(笑)

19年12月。駆逐艦「青葉」の乗員・幼なじみの水原哲が呉に戻ってきた。入湯上陸だとすずを訪ねてやってきた。すずは水原に、夫・周作には見せなかったはしゃぎぶりを見せた。周作は別棟に水原を泊め、すずに「もう会えないかもしれん!」と接待を許した。周作は遊郭でリンを見初め結婚したかったが、これを止められ咄嗟の思い付きですずを見合いの相手にしたというすずへのすまないという気持ちがあった。

すずは水原に求められたが「このような日を待っていたが、今は夫が好きだ」ときっぱり告げた。水原は「自分が間違っていたすずが真っ当に生活している」と喜んで帰って行った。このあと、すずは周作の愛を確かめるように「何故水原にあんな配慮したか」と責めた。

しかし、すずの気持ちはこれでは終わらなかった。

3日後、すずは竹槍を背負い茶わんを持って、遊郭二葉館を訪ねた。リンはここにはいなかった。代わりにテルという病弱な遊女が対応。「商売だから許してあげたら。私は若い水兵に振られて川に飛び込んだが、川が小さすぎて死ねんかった」と話す。すずは遊女が惚れるとはどういうことかを悟り「自分は小さな女、りンさんにはかなわない」と納得し、テルが南方に行きたいというから、竹槍で大きな南方の島の絵を描いてやった。(笑) 

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当時の女性がここまで夫と遊女の関係を問い詰めるということはすごいことではなかったか。“のんびり”すずさんではなかった!!

このことがあってから、すずは径子の子・晴美をこれまで以上に可愛がるなど北条家に溶け込めるよう懸命に努めた。

20年4月桜のお花見に、リンがやってきて、ふたりで桜の機に上り、リンが「茶わんはすずさんが持ってくれている?」と聞き「テルは死んだ、あんたの南方の絵を喜んでいた」とテルの形見の口紅を渡し「人は死んだら秘密はなくなる。それはそれで贅沢なことかも知れんよ」という。すずは「自分専用の茶わんと同じくらいに」と答えた。この問答は「リンもテルも自分と同じ運命を背負った人」とすずが認識した瞬間だった。これがすずのこれからの生き方を決定づけたように思う。
夫はリンとすれ違っても何知らぬ顔でいた。すずは安堵し、リンの人の大きさに感謝した! 

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すずはリンやテルに感謝するように口紅をつけるようなる。

5月、夫が戦況の緊迫化で3か月ほど家に帰れないというのに、すずは「あなたが好きです!この家であなたの帰りを待ちます」と告げた。

しかし、とんでもないことが起こった。すずが晴美を連れて義父を病院に見舞い、その帰りに空襲に遭い、投下された時限爆弾で晴美を死なせ、自分も絵を描くに必要な右腕を失った。注意しておれば晴美を死なせずに済んだと後悔し、径子からも激しく責められた。
この家を守ると決めたが、その決心は揺れに揺れた。リンの「女の居場所は無くならん!」を思い出し、妹・すみの勧めもあり、夫の言葉も耳に入らなくなり、広島に帰ることに決めた。

しかし、空襲であわや火事になるのを片腕を失ったすずが懸命に消化する様を見た径子が自分にも落ち度があったと言い出す。径子はすずの失った右腕を庇って動いてくれる。「あんたの人生は人に強いられたつまらないものだった。ここに居ても、広島に帰ってもいい」と優しい言葉を投げてくる。

すずが「ここに居らしてもらいま!」と径子に宣言したところに、原爆が広島に投下された。呉から広島に救援物資が送られ、すずも広島に行きたいと髪を切って訴えたが叶わなかった。

8月15日の天皇による終戦宣言。すずは「何故暴力に屈した!」と激しく慟哭した。ここにはすずの耐えて、耐えて、忍んできた想いの全部が込められた慟哭だった。オリジナル版では分からなかった感情が出てきて泣けます。

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9月17日には枕崎台風で、北条の家も激しい風雨に見舞われ、屋根の補修で梯子ごと落ちそうになったすずを周作が支え、径子も水に足を取られるすずを救った。こうしてすずの居場所が確実に北条家となっていった。

焼け野原となった呉の町。すずは二葉館の焼け跡にりんどうの茶わんの破片を発見し、リンが言った「死んだら秘密が無くなる」を思い出し、リンのことは秘密ではなくなったと実感した。

広島に救援物資を届けに出掛けた知多さんは被ばくしていた。でも、会えばやさしい言葉を投げ掛けてくれ、すずは人の優しさを知る。

こうして、すずは実家の広島を訪れ、妹・すみを見舞い、家が廃屋と化したことを知り、「呉は私が選んだ場所、(この世界の片隅で)わたしが見つけた家」と原爆で親を喪った子を連れて呉に戻る。この子を連れ帰った背後には、すずのさらにいくつもの想いがあり、リンさんや晴美、知多さんらを背負っての決意であった。
              *
わずか30分の追加映像であったが、そこにはとんでもないすずの人生が語られていた。すずの真っ当な生き方を見て、人生のなかで起きることに無駄なことはなにひとつないと思った!
この時代、すずさんは幸せだった。戦場で倒れ石となって帰ってきた夫とともに暮らした大勢の妻の涙を忘れてはならない。
読んでいただいたみなさん、お世話になりました。よいお年をお迎えください。
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『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』予告編