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「スパイの妻」(2020)「正義より幸せでありたい!」

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第77回ヴェネチア国際映画祭(2020)で銀獅子賞(監督賞)を受賞した作品。楽しみにしていました。

 1940年代を舞台に、偶然にも国家機密を知ってしまった夫婦が、それぞれに信念と愛を貫き、戦争という大きな時代のうねりに立ち向かっていく中で辿る過酷な運命を描くラブ・サスペンス。

 こんな映画が日本で作れたということに驚きです。かって日本軍が満州で行ったコレラ菌の人体実験を題材にするという、日本の恥部を暴くような作品ですが、国際的な正義感からこれを世界に告訴しようとする名もなき日本人夫婦の話となると、こんな日本人がいるぞ!と日本の大失態を救ってくれるような作品でした。この夫婦の話は今の世界に最も求められるもので、それだけにリアルな話として感動しました。

 とてつもない大きなテーマを持つ作品を、お金を使わず(笑)、智恵と工夫でこんな凄い映画に作り上げたことがなんとも痛快でした。

 日本が軍国主義一辺倒に傾いていくなかで、憲兵隊の監視をどうかわして国際舞台に正義を訴えるか?正義を求めてやまない夫婦が編み出す策略と「愛している!この人だけは決して死なせない!」という夫婦愛に感動しました。

 監督:黒沢清、脚本:濱口竜介、野原位、黒沢清、撮影:佐々木達之助、音楽:長岡亮介

出演者:蒼井優高橋一生、坂東龍沙、みのすけ、玄理、東出昌大、恒松裕理、笹野高史


『スパイの妻<劇場版>』90秒予告編

 あらすじ(ねたばれ)

1940年、神戸市の福原生糸会社に憲兵隊1コ分隊が捜索に入る。通訳の竹下文雄(坂東龍沙)が抗議したが、英国人ドラモンドが逮捕連行された。社長は福原優作(高橋一生)。20歳で船員としてアメリカに渡り見分しており、ウイスキーやチェス、さらに映画製作を楽しむという自らをコスモポリタンと称する人物。通訳の竹下文雄(坂東龍沙)は勇作の姪。

六甲の豪邸には女中・駒子(恒松裕理)を置き、妻・聡子(蒼井優)は優作に支えられ、優雅に暮らしている。総子が仮面をつけて金庫を襲うスパイを演じ、これを追う文雄が拳銃で撃ち、倒れた聡子を優作が抱きかかえるという自主映画を作って楽しむ優作。このストーリーが現実には逆になり、ラストであっと驚く結末に結びつくという伏線になります。ドラマから決して目を離せません!

 ドラモンドが逮捕された直後、憲兵隊長に就任した津森泰治(東出昌大)が、聡子の親友であったことから、優作に挨拶をと訪れた。

 逮捕されたのはドラモンド。釈放されって上海に帰ってしまった。情勢は日・伊・独の三国同盟、米国の輸出制限などで、優作は情勢把握のために、文雄と中国・満州の視察に出て、関東軍が行うコレラ菌による人体実験を知る。

 聡子は優作が2週間ばかり帰りが遅くなるという電報を受け暇を持て余し、六甲山に遊びに出ていて、ウイスキーを飲むための氷を求めていていた泰治に会った。聡子が邸宅に泰治を誘って、舶来のウイスキーを御馳走した。これに泰治は「この生活態度、ご時世では、ふたりは官憲に狙われます!」と警告する。

 人体実験の詳細を映画に収め、実験に関わった医師が処刑され、その愛人の看護士・草壁弘子(玄理)伴って帰国した。

 桟橋に迎えにきた聡子は、嬉しさのあまり勇作に抱つき、優作が弘子に目配せしていることに気付かなかった。この時代におう夫婦は珍しかったでしょう。

この年の忘年会で、勇作が自主制作のスパイ映画を従業員に披露して、労った。文雄がこれを最後に会社を辞め、戦争をテーマにした小説家を目指すと宣言し、有馬温泉の「たちばな」旅館に篭ることになった。そして優作はアメリカに行くという。

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 ある日、弘子が水死体で憲兵隊に発見された。泰治は、優作には話すなと釘をさして、聡子を呼びつけ、弘子は優作が満州から連れ帰った女で“たちばな”旅館の女中をしていた。誰が殺したかは分からない!おかしなことにならねばと忠告した。

 聡子は弘子のことを優作に話すが、やましいことは何もない、信じろ!と、詳しいことを話さない。逆に、聡子は、自分が満州にいて不在間に泰治とウイスキーを飲んだと疑ってきた。この夜、聡子は、これまでこのようなことがなかっただけに、激しく弘子に嫉妬した。

 聡子は“たちばな“旅館に文雄を訪ねた。文雄に弘子を殺したのは誰かと聞くと、貴方は優作さんを疑っているのかと、あなたのために優作さんは大変な苦労していると叱責し、訳文が出来たから優作に渡して欲しいと封書が渡された。聡子は文雄の言葉に、優作の妻として何をも成し得ていないと自責の念に駆られた。封書を持って外に出たところで、文雄が憲兵隊に連行されるところを見た。

 会社に戻り、地下の倉庫で、封書を優作に渡す際、聡子は「信じるために」と、文書内容を確認した。人体が書かれた妙な絵のある文書と英文があった。

優作が文書は満州で行っている日本軍の忌まわしい細菌による人体実験ノートで、この実験は正義として受け入れられない。どうしても国際の場に公表したいと話した。総子は日本が攻撃され多くの死傷者が出る、あなたは国賊、私は国賊の妻にはなりたくないと反論。優作は国際的に受け入れられる正義だから、正義の妻になる気はないのかと応じた。聡子は「正義より幸せでありたい」と訴えた。ここでのふたりの長セリフの応酬は見ものでした。封書は優作の手で金庫に納められた。

 次の日、優作が野崎医師(笹野高史)のところに泊りがけで出かけた隙に、会社の倉庫を訪れ金庫から秘密ノートを取り出そうとすると、フルムがある。秘密ノートとフルムを邸宅に持ち帰り、フィルムを写すと、人体実験の詳細が記録されていた。

 この秘密ノートを持って憲兵隊本部の泰治を訪ねた。泰治は弘子殺しの犯人は“たちばな”旅館の主だったと詫びた。優作は弘子とふたりでアメリカ行きの渡航申請をしたという。

聡子は秘密ノート(原本:日本語)を渡し、これに優作は関係ないと説明した。聡子はどんなことがあっても夫を救いたかった。このために文雄を犠牲にした。さらに泰造を利用した。

 優作が会社に戻り、決算書を探しに倉庫に降りで、いつも楽しむチェスの駒が動いていていることに気付き金庫を調べた。秘密ノートとフルムがない!青ざめた。

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そこに憲兵隊がやってきて、優作は憲兵隊本部に連行された。拷問のうめき声が聞こえるなかで、あなたに関係ある人からの知らせでと断り、二度とやるな!と念をおして文雄の爪を渡した。優作は悔やんだ。

 邸宅に戻り、聡子を見つけ、「密告屋!」と激しく叱責した。総子は全く意に介さず、フイルムを写し、「原本はこのフィルムの中に映っています」と説明。優作はそれでも「これを証明するやつが居ない」という。聡子は「私がいます」という。まさに弘子の役割を果たそうとしているのだった。アメリカに渡りましょう、これであなたと一緒に居られると。「私はスパイの妻になります」と微笑む。

ふたりは六甲山の廃墟を訪れ、秘密ノートとフイルムを隠した。聡子は弘子以上に役割を果たしたいと「まだほかに秘密フィルムはないの?」と聞くと「ドラモンドに預けてある」という。

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 1941インドネシアへの日本軍進駐によりアメリカとの貿易が閉ざされた。優作はアメリカへの亡命を明かした。

アメリカへは二手に分かれて、優作が秘密ノートを持って上海に行きドラモントに預けてあるフィルムを受け取りアメリカに、聡子が今あるフィルムを持ってアメリカに亡命することに決めた。優作はあることを企んでいた!

 離れることを怖がる聡子を優作は暖かくフォローした。ふたりは同じ秘密をもつことで、どんどん愛情が深まっていく。

 しっかり金を作って、金目のものを身につけようと、聡子を誘って、宝石や時計を買いまくった。(笑) 町で憲兵隊に会っても二手に分かれて、捲いて、これを楽しむという余裕さえみせる。聡子は「一緒に生きていると嬉しい!あなたの身になっていると思う!」と優作にもたれ掛かっていた。

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 荷物作りは優作が積極的にやった。聡子が手を貸すことはほとんどなかった。

 ふたりで廃屋に隠した秘密ノートとフイルムを取にやってきた。優作が「君はスパイの妻ではない、隠れて生きる必要はない。味方が必ず現れる」と言い含めた。

そして邸宅を後にして優作は2番ふ頭でタクシーを降り、聡子は3番ふ頭でサンフランシスコ行きの貨物船に乗り込んだ。優作が手配したように大男に連れられ船底に降りて箱の中に入った。いよいよ出航というときに憲兵隊に捕らわれた。何故!

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聡子は憲兵隊に連れて来られ、隊長・泰治は「サンフランシスコに行くという連絡があった」と言い、尋問を始めた。聡子は「関東軍を告発します!」と喋り、かって泰治とウイスキーを飲んだ話を持ち出すと、泰治からぶん殴られた。

憲兵隊員を集めて、総子がもつフィルムが上映された。それはあの優作が撮ったスパイ映画だった。聡子はスクリーンに走り寄り「お見事!」と言い、倒れ込んだ!

 1945年3月、精神病で入院している聡子を野崎医師が訪ねてきて、優作はインドのボンベイまでは確認されているが、その後が分からないと告げられた。

 その夜、神戸はアメリカの大空襲に見舞われ、聡子は「これで日本は負ける。戦争も終わる、お見事でした!」と病院から抜け出し、泣いて!泣いて!須磨の砂浜に泣き崩れた。

 戦争が終わり1年目に優作が死亡、持っていたものは偽物だったと伝えられた。2年目に聡子がアメリカに発った!

 感想:

脚本のすばらしさ!

憲兵隊長・泰治が吐く言葉で、軍監視下の世相の怖さがしっかり描かれ、彼を騙しながら、聡子が策に成功する度に「お見事!」と声をあげるという、「スパイの妻」という軸がしっかりしていて、辛い暗い時代の物語が実にミステリアスで痛快に描かれるのがすばらしい。ふたりのその後が字幕で表示され、そこに妻聡子の愛情が滲みでているというラストシーン、ここまでやるかという感想でした!

 「冒頭で憲兵に連行されたドラモンド」「満州旅行出発時、ふ頭で見た憲兵隊隊長の訓示」「勇作が撮ったスパイ映画」「秘密ノート」「チェス」等々これら伏線が見事な繋がり、物語に吸い込まれていくようで楽しい。

 そして、「なぜ聡子が秘密ノート(原本)を憲兵隊長・泰治に渡したか?」「優作がなぜ聡子と別々にアメリカに渡航しようとしたか」「なぜ聡子は優作の2年後に米国に渡航することにしたか」等々。夫婦の掛け合いを読者に読ませるという展開で、夫婦の心理が読めたときのカタリシス、そこに夫婦の深い想いやりが見え泣かされます。

 会話が、今の会話と違って、硬い?難しい。この会話に力強さを感じ、その意味するものがとても奥深い。硬い優作の言葉にどれほどの感情が込められているか、凄いと思います。携帯電話で、こういう言葉が死んで、軽い人間になったような気分でした。演じる俳優さんは大変だったでしょう。

 怖さの演出

福原の豪邸、会社の倉庫、憲兵隊の取調室と限られた照明の薄い空間のドラマ。うろつき回る憲兵隊、大音響、人のうめき声。人体実験ノート。中でも音響にやられました。拷問シーンはほとんどなくても、泰治が何かを優作に渡すシーンで、これが文彦の爪と分かったときの怖さ。うまい演出だったと思います。

 蒼井優さん、高橋一生さんの演技

おふたりがとても気品があり、思慮深いところがこのドラマに合っていたと思います。

高橋一生さん、柔らかい物腰で、実はとても強い心を持っていて、表に出さないが嘘がなく、妻聡子をこよなく愛するブレのない演技がすばらしい。

蒼井優さん、夫に寄りかかり優雅に暮らしていたが、草壁弘子が出現して、嫉妬心に苛まされ、自分を投げ出して、夫を支えたいと強く変化していく演技がすばらしい。

東出さんの怖さもよかったですね!すばらしいドラマでした。

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