芥川賞作家・平野啓一郎さんの同名ベストセラーを「蜜蜂と遠雷」「愚行録」の石川慶監督が映画化し、妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝さんが共演したヒューマンミステリー。ということで楽しみにしていました。原作は未読です。
脚本:向井康介、撮影:近藤龍人、編集:石川慶、音楽:Cicada。
出演者:妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜名、眞島秀和、他。
物語は、
弁護士の城戸(妻夫木聡)は、かつての依頼者・里枝(安藤サクラ)から、亡くなった夫・大祐(窪田正孝)の身元調査をして欲しいという奇妙な相談を受ける。里枝は離婚を経験後に子どもを連れて故郷へ帰り、やがて出会った大祐と再婚、新たに生まれた子どもと4人で幸せな家庭を築いていたが、大祐は不慮の事故で帰らぬ人となった。ところが、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一(眞島秀和)が、遺影に写っているのは大祐ではないと話したことから、愛したはずの夫が全くの別人だったことが判明したのだ。城戸は男の正体を追う中で様々な人物と出会い、驚くべき真実に近づいていく。
「愚行録」でタッグを組んだ石川監督と脚本家の向井さん。「愚行録」と同じようなヒューマンミステリーで、妻夫木さんが主演。ということで筋運びがよく似ています。妻夫木さんは、愚行録では記者でしたが、ここでは弁護士ということで、「愚行録」と同じように事件の関係者を訪ね歩き、この事件の背後にある社会の闇を炙り出していくというプロットは同じです。ということで、ミステリーでありながら社会派ドラマ、どちらかというとテーマに比重が置かれた作品でした。
俳優さんが名優たちですから、演技を楽しめます!そして石川監督では初めて、カメラマンが近藤龍人さんになっているところも注目です。
あらすじ&感動(ねたばれ:注意):
冒頭、「鏡に向かって立つ男、男の顔が向こう向き」の絵画。これがテーマ「自分の顔を見たくない」です。
横浜に住んでいた里恵は脳障害で次男を亡くして、これが原因で離婚し、長男悠人を連れ実家の宮崎県の田舎に戻ってきた。実家は文具店ですが、すでに父親は亡くなっており、里恵が母親に変わって文具店をやっていた。
里恵はいろいろな鉛筆に触ると、つい涙がでてしまう。次男を失った悲しみ、寂しさが身体一杯に出ている。
ここはサクラさんが絶妙な演技を見せてくれますから、「何があったの?」と声を掛けたくなります。
雨の日には森林労務者・谷口大祐(窪田正孝)がやってくる。大祐はいつの間にかサクラに好意を持つようになって、結婚します。
結婚して、長女・花(小野井奈々)が生まれ、この間に母親は亡くなったが、家族4人の穏かな生活が続いていた。里枝にとっては幸せの日々だった。
ある日、大祐が森林伐採の作業中、伐採した大木の下敷きになり亡くなった。この日、息子の悠人を作業場に連れてきていて、悠人は父親の死の現場を見て、生きて欲しいと病院に走った。
1年後、里枝は大祐1周忌法要に大祐の兄の恭一を招いた。恭一は大祐をバカ扱いするような態度だった。仏壇の写真を見て「大祐でない」という。
里枝は愛した夫が別人と知り途方に暮れ、離婚調停で世話になった城戸に調査をお願いした。城戸が横浜から飛行機で宮崎にやってきた。彼は人権派の正義感のある弁護士です。実は彼は在日韓国人3世というハンディキャップを持っていた。
城戸が話を聞き、大祐の遺品を預かり「かかりますね」というと、里枝が「お金は・・」という。城戸は「時間です」と微笑んだ。城戸は本当の大祐を「ある男X」と呼ぶことにして戻った。
城戸はまず、Xの兄恭一が営む伊香保温泉宿を訪ねた。恭一の話っぷりから弟に冷たい。温泉宿の相続について弟と揉めたのではないかと疑念を持った。恭一は「相手は保険金が手に入るから殺人者ではないか」と疑っていた。Xに高校時代に彼女がいた話を聞いた。
城戸はXの高校時代の彼女・後藤美涼(清野菜奈)を、彼女が務めるバーに訪ねた。
「Xは高校時代から付き合っていて、父親の葬儀の後いなくなった」と言い、Xの写真を見せた。Xの腕には入れ墨があった。美涼は今でもXを愛していることを知った。
DNA検査結果も出た段階で、城戸は里枝に「Xは別人だ」と知らせた。里枝は「誰の人生を生きたの?」と言った。
城戸が法律事務所の同僚・中北(小籔千豊)に相談すると「なりすましという手がある。戸籍を交換する仲介者がいる。これで保険人金の不正受給をした事件がある」という。城戸が調べると「社長夫婦と子供を殺した」事件が見つかり、不正受給した犯人は大阪の刑務所にいることが分かった。
城戸は大阪刑務所を尋ね、小見浦(柄本明)に会った。小見浦は随分横柄な男で会うなり「イケメン先生、在日でしょう!」と言い、どこまでが信じられるか分からない横柄な男だった。
柄本さんの奇怪な男の演技は事件の謎の深さを示すようで名演技でした。
「谷口大祐の戸籍をあなたが仲介したか?」と聞くと「伊香保の次男坊だ。過去をきれいにするロンダリングだ。先生もそうしたいと思うだろう」と話して、席を立った。この言葉は城戸の胸に刺さった。
城戸のアパートに小見浦から「イケメン先生の目は節抜けだ!」のメッセージが入った背中に入れ墨のある男の写真が送られてきた。小見浦はのぼせ者の愚行を犯していた。
このころ里枝は中学生の悠人に、悩んでいたが、「父は本当の谷口ではなかった。だからまだ墓は作らない」と告げた。
死刑囚の絵画展が開催されていた。ここでは死刑廃止論者の先生の講演もあった。人権弁護士・城戸は美涼を誘って参加した。美涼は絵を見て「無実を言うのではなく、そんな人間ではないと叫んでいる」と言い、「“大祐のアカウント”でおとり発信をSNSでしている」と言う。
講演者は「人間は“環境で変わる”から死刑反対だ、日本は変わらないと死刑を執行する」と話していた。美涼はこれを聞いていた。
城戸は里枝から預かった大祐の遺品の中にあった絵「目を潰した男」の絵が展示されているのを見つけた!展示作品パンフレットで名前を調べると「小林健吉」とあり、掲載写真は里枝の家族写真にある大祐にそっくりだった。
城戸は中北と論議し「あの死刑囚には息子がいた。ボクサーをしていた」と突き止めた。小見浦が送っていたイレズミの男の名は「曽根崎」という名であることが分かった。
城戸は再度、大阪拘置所の小見浦を尋ねた。「あなたは伊香保の息子と死刑囚の息子の戸籍の交換を仲介した。死刑囚の息子はボクサーをやっていたが、曽根崎というのが分からない。誰だ!」と聞いた。小見浦は「イレズミしていいやつだった。バカ先生に最後のひとつを教えてやる。あんたが探している男は人殺しの息子だ!」と話して席を立った。
城戸はボクシングジムを訪れ、会長の小菅(でんでん)とトレーナーの柳沢(カトウシンスケ)から死刑囚の息子・原誠について事情聴取した。誠はふたりに何があったかを話していた。
壮絶な人生だった。父親が社長夫妻と子供を殺し、奪った血だらけの財布を渡され、パトカーで連行されるのを見ていたこと。さらにジムにやってきてからの「自分を消すためだ」という戦いぶり、新人戦出場に顔を晒すと拒否し、会長に激怒され、駆け足中に過呼吸で倒れたこと。
この一連の誠の行動を窪田さんが演じてくれます。身体をしっかり作って、誠らしい狂気のあるボクシングを見せてくれます。鏡で自分の顔を見て恐怖する姿。前段の里枝との結婚生活とは全く異なった、狂気の演技がすばらしいです。
誠が小林健吉から封書を受け取った。しかし、父親が獄中で亡くなったとき遺骨を引き取らなかった。そして、世話になっている林産会社の寮の二階から落ちて頭を打ち、消えていった。
城戸は里枝と恭一を呼び調査結果「Xは大祐ではないが善良な人でした」と調査結果を知らせた。これに恭一が「人の名を盗んで遺産を狙った死刑囚の息子だ」と発言。城戸が「弟さんも同じだ!」と激しく恭一を叱責した。
里枝は「調べる必要がなかった!」と大祐との生活を思い出していた。
里枝は悠人に事実を伝えた。悠人は父が恋しくて、恋しくて泣いた!里枝がやさしく抱いてやった。
ここでの坂元愛登君とさくらさんの演技には泣かされますよ!これがこの作品のテーマ「過去はどうでもいい、現実の自分の人生をしっかり生きなさい!」と。
悠人は「父が、自分のお父さんいしてもらいたかったことをしてくれた」と話し、妹には「花が分かるようになって僕が話す」と応えた。しっかり父親に可愛がられ、亡くなるところを見ているので大丈夫でしょう。
美涼のSNSに「新しいアカウントにするのでこのアカウント外してくれ!」とイソザキからメールが入った。城戸を介してふたりは再会しあたらしい生活が始まった。
城戸もこの一連の人探しを通じて、自分のアイデンティティを見直し、家庭サービスに努め、妻・香織(真木よう子)との仲も元に戻った。
城戸は美涼のバーで、壁に掛けてある“冒頭”の絵を、Xをモデルにして客に画を説明していた。
まとめ:
Xは像絶な人生を味わって自分を変えたいと、谷口の戸籍で生きた男だったが、短い人生ではあったが最良の人生を味わった男だった。一方、谷口は親から譲られる資産をあてに兄と争うことを止め、名を変え新しい人生に踏み出した。
在日三世城戸こそ「ある男」でした。人権弁護士として毅然として、ヘイトスピーチを聞く中で、社会の不条理に苦しむ人に寄り添って問題を解決していく生き方は、妻夫木さんを通して、すがすがしく感動できました。在日三世という設定は作品のテーマを大きくさせてよかったと思います。
「私とは何か」とアイデンティティを捜し求め、「環境が変われば人は変えられる」というメッセージでした。
ミステリーですが、ちょっと無理な設定があるように思いましたが、しっかりヒューマンドラマでカバーされていると満足できる作品でした。「愚行録」のようなイヤミスにならなくてよかった!(笑)
これには撮影監督の近藤龍人さんの柔らかい暖かみ味のある、また長回しで取る情感のある映像が楽しめます。
この作品は城戸の調査を通して、古い社会制度や社会の階級化、差別化中で苦しむ人たち、特に加害者家族や在日韓国人を取りあげ、「人の戸籍で生きる」姿を描き、「自分の生き方を見つける」という作品でした。
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