映画って人生!

宮﨑あおいさんを応援します

「世界から猫が消えたなら」(2016)

イメージ 1宮崎あおいさんにとって「神カル2」から2年ぶりの主要役での出演作ということで期待していました。
本作、主人公が電話、映画、時計、猫を失うことでその物を通して繋がっていた人達にいかに愛されて生きてきたかを知り愛してくれる人の中に生きることで死を受け入れる物語。親しい人、親、恋人、友人との思い出のエピソードが自分の経験に重なりその数だけ涙が出る情感溢れた作品で楽しめます。

明るい屈託ない学生時代の彼女、イグアスの滝で泣き叫ぶ彼女、彼の最期を微笑みで送る彼女が見どころです。イグアスのシーンは作品全般にかかわる“生きることの意義”を象徴していてとても印象に残る映像になっています。

イグアスの滝で彼女は何故泣いたのか、そして彼と何故別れることになったのか。旅からの帰り駅でみせる彼女の苦悩とひたすら携帯電話をいじる彼、「親しい人を失うことの悲しさ、強く生きたい」想いが伝わります。そして携帯電話で結ばれた恋の危うさに涙です。

佐藤健さんの悪魔との二役、似ていても性格が全く異なるという演技は見事です。
あおいさんには映画の世界に戻ってきてくれたことが事のほか嬉しいでが、早く主演作を観たいです。(#^.^#)

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物語・・
僕(佐藤健さん)は自転車に猫を載せて「世界から猫がいなくなったらこの世界はどう変わるか、僕が消えたならいったい誰が悲しんでくれるのだろうか。あなたは信じないかもしれないが、これは僕に起きた本当のこと、そして僕はもうすぐ死にます。

これはあなた当てに書いた最初で最後の手紙、つまり遺書です」叫びペタルを漕いで、函館の小さな郵便局に寄り、次いでビデオ店に寄りつたや君(浜田岳さん)に「今日はこれだ」と映画ビデオを注文、ここでタイトルがでて幕が開きます。イメージ 12

これまでの人生は過去から無限大の未来いや未来など考えたこともない、明日のことなど当たり前と思っているところに自転車が宙に舞い転倒。医者に診せると脳腫瘍と診断され入院を勧められる。が、僕は動転しないであと何本映画を、何冊本を読もうかとそればかり考えている。
イメージ 2○悪魔の出現
帰宅すると僕にそっくりの悪魔くんが出現(もう一人の冷静な僕か)。この悪魔くんは「バクマン」の神木隆之介さんにどこか似ています()

「何か大切なものを消したら1日命を伸ばしてやる。消すのはこちらだ。何かを得るには何かを消すこれがルールだ」という。(ここに郵便局長から電話がかかってきて)、僕がなかなか決められないので悪魔が「便利だがうんざりだろう」と言って「じゃそれ消せ」と携帯電話を消すことに決まる。「その前にだれか一人だけに電話していいよ」と許可され誰にするかと、親父さん、拾ってきた猫キャベツと考えたが、彼女に電話することに決めた。

○携帯電話が消えたら・・
久しぶりに別れた彼女と会って「誰に電話しようかと考えて君にした」というと「私?、他にいるのではない?」という。これを聞いて僕は母が臨終のとき病室に来なかった父のことを思い思い出した。「時計が直った」といって置いて帰ったきりで母の見舞いにも来なくなって絶交した父を思い出した。イメージ 3

彼女は「あれからお父さんどうなったの。わたし、お母さんとは仲良くしてよく会っていたのよ。一緒に美容院に行ったりしてたの」と懐かしそうに話します。彼女(宮崎あおいさん)とは、彼女が誤ってかけてきた電話を受けた僕がその時DVDで見ていた映画「メトロポリタン」の音声が受話器越に伝わったのがきっかけで出会った。
同じ大学に通っていて、電話では話せても会うと話せないが、それでも楽しかった。二人で電話するためにデートしていたみたいだった。しかし何で別れたのか? イグアスの滝を見てからだよな。「嫌いで別れたわけではない、そんなことあるんだよ」と彼女は言う。(イグアスで、どうして抱きしめてくれなかったの!)
「もうすぐ僕は死ぬんだ!」と伝えて別れた。(彼女は、彼が帰ったあとお母さんから預かっていた手紙をポストに投函する)。イメージ 14

僕が電車に乗ると、悪魔が出てきて携帯電話を粉々に壊してしまい、車外のソフトバンク店の看板も消えてしまう。どうなっているのかと彼女のところに戻ってくると彼女は僕を見て「誰れ?」と見る。彼女には僕に繋がる記憶は全部消えている。(これまで生きて来た証はなにか、僕の人生は何であったのか)。そして悪魔のやつ次は映画を消すという。

○映画が消えたら・・。イメージ 5
大学時代に知りあったツタヤ、本人がタツヤだという、映画狂で、次から次へとみるべき映画とビデオを準備してくれた。借りた映画に「ブエノスアイレス」という1本もあった。映画を観ることで、彼に出会ったことで人生を教えられたといった感じだった。

彼に会って、死ぬ前に見る映画を貸して欲しいというと「死んだら観れないからそんなものはない」という。「どうしても探して欲しい」と頼み一本の映画を選んでもらった。悪魔がやってきて「最後の1本なんて観なくていい、死ぬんだから。芸術などが命より大切なものか?」と宣う。

彼女が勤めている(住んでいる)映画館で彼の探してくれた1本を見るとすべてが消えていた。彼は「映画は永遠にある」と言っていたのを思い出し、店を尋ねるとすべてがガラガラと音を立てて本に入れ替わっていた。すべての映画とつたやの思い出が消えた。(こんな悲しい人生があるのか) 次は時計を消すという。

○時計が消えたら・・
時計(時間)が消える前に彼女と行ったブエノスアイレスの旅を思い出す。イメージ 10
ブエノスアイレスの町を走る二人、明るい街で楽しそうです。ここでトムさん(奥野瑛太さん)という世界を旅している人に会う。奥野さんはこの役にはぴったりです。]
トムさんに「どうして旅をしているのか」と聞くと「時から逃げ回っているんだ(世界を見るには時間がない)、だから”生きてやるんだ”」と大声で叫びました。
彼は「旅にはたくさんの残酷なことがあるがこれと同じくらい美しいものがある」と言い、「生きていればどこかで会おう、いつかどこかで会おう、いつまでも仲良くな!!」と別れて間もなく、トムさんは目の前で交通事故で亡くなる。
トムさんが死んでも世界は何も変わらない(生きるとは何か?)。
イメージ 9
イグアスの滝にやってきて、彼女は「トムさんは居たはずなのに、私だって悲しいかどうかわからない。私が死んだら、泣いてくれる人はいるのかな。この世界はいつも変わらぬ世界を迎えるのかな」と話し掛けてくる。
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滝の落下水量・落下音のすごさの中で、消されることのないよう「生きてやる」と彼女は絶叫する。ただ僕は何も語りかけることなく彼女を見ていた。帰りのとある駅のベンチに距離を置いて座る二人。僕は携帯を見るだけで声をかけない。彼女が突然消えてしまった。イメージ 7

「世界から僕が消えるとき貴方は悲しんでくれるのかな」と考えていると突然父の姿を思い出した。ここでのあおいさんの絶叫シーンは、大自然を前にしてその時の感情を吐きだしたもので、彼女にしか求められないものでしょう。

○猫が消えたら・・猫は消せない、僕が消える
時計が消えて大切な人の記憶が消えるのはつらい。しかし、何かを失わなければならない。次は猫を消すという。
僕は慌てて沢山のことを思いだそうとしてまず、キャベツとお母さんのことを思い出した。

猫のレタスがごはんを食べなくなって、お母さん(病気で食べれない状態)はレタスが自分に合わせているのだと謝っている、父は「どうしようもない」と家を出て行ってしまった。母に抱かれてレタスは静かに亡くなった
僕が帰ってくるとレタスそっくりのキャベツがいて、これはお父さんが連れてきたのかな? 次に、父母と温泉にいったことを思い出した。イメージ 4

夜になって旅館が取れなくて、父も探すがだめで、自分がやっと見つけたが安い部屋で申し訳なかったがお母さんはとても喜んでくれて、父は黙ってごはんを食べていた。お母さんが「これを受け取ってもらいたい」と封書を差し出したが受け取らず風呂にはいった。あれには何が書いてあったのか?
あれ、キャベツがいない。キャベツを思い出すとお母さんの苦しむのを思い出す。ここでのキャベツの演技というか佐藤さんとの一体感がすばらしい。演技賞です。()

彼女からの手紙(母の封書)がポストに入っていた。そこには「私が死ぬまでにしたいことは全部あなたのためにしたいこと、でももうできないので、あなたの素敵なところを書いておきます」と書かれていた。
・私のそばにいてくれる。
・悲しいときにそっと寄り添える。
・周りの人に気を遣う。
「あなたが生まれてきてくれた事で、私の人生がどんなに素敵で輝いていたか、あなたには解らないでしょうね。」、このことばに母を思い出し僕は泣いた。
イメージ 6手紙を読んで、車椅子の母と海辺を散歩したことを思い出しました。気持ちのいい日で、母は「あなたが生まれた日と同じで良い日、あのときお父さんは生まれたばかりのあなたにありがとうと言ったのよ」と話してくれた。「父はあの時のことを後悔しているんだろう。ちゃんとありがとうと言えたらと後悔しているのではないか」と、この時僕は父を受け入れることはできなかった。

お母さんは僕のことを「私はもう居なくなるのよ、しっかりして!」とキャベツにお願いしていた。「人間が猫を飼っているのではなく、猫が人間の側に居てくれる。キャベツ、この子をお願いね。いつも悩む子。最後には正しい答えを出すあなたの素晴らしさを思い出して生きて!」と話していたんです。このすばらしい言葉にもう涙です!
イメージ 8

僕は、海岸で撮った母の写真を見て、父が震える手でシャッターを切ったことを思い出す。そして「ありがとう」と悪魔に「この世界はかけがえのない世界に出来ている。だから、猫は消せない」と言い「僕は自分の寿命を受け入れて死んでいくんだ。僕はもう一人の自分と話をしてきたんだ。死を受け入れられない僕をありがとうで辿る人生に悪魔がしてくれた」と感謝で一杯になりました。もう一度泣きながら撮った父のピンボケした写真を見ました。

○最後の朝・・イメージ 13
僕は父への手紙をもって自転車で走り出す。まず彼女のところに寄って「あの手紙、持っていてくれてありがとう」と言うと、抱擁してくれ「あなたに会えてよかった」と言葉をかけてくれた。とてもうれしかった。
次にツタヤのところに寄り、「たくさんの人生をもらった。映画が好きでよかった、僕は親友を持ててよかった」と感謝した。

お父さんへの手紙、
「世界から猫が消えたらどうなるか、僕が消えたらだれが悲しんでくれるだろうか。僕が世界から消えたなら、叶えられなかったりできなかったこと後悔がきっと残るだろう。でも、僕がいた世界といなくなった世界はきっと違うと信じたい。僕の生きた世界は小さいがもがいて苦しんで生きた証です」。
キャベツを拾ってきてくれたお父さん、おかあさんに抱っこされ帰ってきた僕に「生まれてきてありがとう」と言ってくれたお父さんのところに帰ってきました。

]エンデイングのHARUHIが歌う主題歌「ひずみ」には、この映画の意味するものが全部含まれ生きることの切なさや希望を感じながら余韻に浸れます。
お父さん、お母さん、ありがとうと言いたいですね。
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