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「愚行録」(2017)

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この作品を選んだのは、妻夫木聡満島ひかりさんの出演作品と「愚行録」というタイトルに興味を持ったことでした。結果はすばらしい作品でした。期待以上でした。原作は貫井徳郎さんの直木賞候補作品「愚行録」、未読です。監督は本作が長編映画初監督の石川慶さんです。すばらしい監督の出現で、これからの活躍を楽しみにしています。

物語はエリートサラリーマンとその妻、そして一人の子どもが何者かによって惨殺され、犯人不明のまま世間を騒然とさせた一家殺人事件から一年。週刊誌記者田中(妻夫木聡さん)が改めて事件の真相に迫ろうと取材を開始。関係者のインタビューを通してあぶり出されるのは理想的な夫婦の外見からはかけ離れた実像とインタビュイーの愚行。
育児放棄で逮捕されている田中の妹光子(満島ひかりさん)の事件性と絡め、事件の衝撃的な結末が語られます。本作は、サスペンスではあるが、犯人を追い詰めるプロセスよりもインタビュイーの語る証言に重きが置かれ、そこで描かれる人と人の関係で秘められた羨望、それが引き起こす嫉妬、目に見えない駆け引きに、人がもつ闇を見せられ唖然とさせられます。そして事件の顛末を知り犯罪と愚行の境界がわからなくなり、愚行とは何か、本当の被害者は誰かを問われているように思います。

インタビュイーはいずれも饒舌で、このことがすでに愚行ですが、語れば語るほどにボロが出て、実は相手のことを語っていて自分を語っていることに気付かされます。また、無自覚の愚行がいかに相手を傷つけているかに気付き戦慄を憶えます。愚行の背景に社会の階級化や差別化があることは、現在顕在化しつつある社会現象で、見逃せません。
当事者同士の会話が、現在と過去、関係者の行動とうまく組み合わされ、訴えたいことが平板なものとならず立体的にダイナミックに伝わる編集がすばらしい。また、映像は冷ややかで暗く、音響もいやな音源と“イヤミス”にふさわしいものになっています。
そしてキャステイングがすばらしい。みなさんがこの役のために生まれたのではないかと思っています。(#^.^#)
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物語は、
満員のバスのなか、座っている田中(妻夫木さん)が、立ってる男から「(妊婦に)席を譲ったら」と言われ、嫌々ながら譲って、次の停留所で下車し“びっこ”で歩いて乗客を挑発するという彼の愚行、心の闇を見せるという秀逸なシーンから始まります。

田中は弁護士とともに育児放棄の容疑で拘置所に収容されている妹光子に面会。光子は無表情で子供のように振る舞います。
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光子は「なんでちょっとしたことで捕まえるのはおかしい。私は秘密が好き」と訴えます。不気味ですね!面談を終えて、弁護士(濱田マリさん)は「千尋ちゃんは脳に傷が残るから起訴される公算が強い。でも、光子さんは責任を感じていない」と言う。田中は「子供のころの光子は千尋と同じだった」と答えます。
光子は独房で伏せていて、沢山の手が彼女の身体を撫でまわしている。この映像が何を意味するか、あとで分かりますが、いやな映像です。
 
田中は田向惨殺事件を取材する許可を得て、田向邸に向かいます。
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事件のせいで住民が逃げ出す者が出て、寂しい団地の佇まいになっている。付近には「あんなに感じの良い人を誰が殺したの」と無念がる人もいる。ここで、ヒッチコックの「サイコ」のように血が飛び散った廊下を通り寝室の遺体、そして風呂場で犯人がシャワーを浴びる様子が映し出される。随分豪胆な犯人です!!

〇田向の会社の同僚、渡辺正人眞島秀和さん)の取材
雨の夜、居酒屋で飲みながら取材。「一緒に入社して彼は販売、自分は財務。彼は販売で客とのトラブルで苦しんでいたこともある」と言い「新人歓迎会で山本という女の子と出来て、これを別れさせるため自分が彼女に近づき関係を結んで、田向の名を出して脅し別れた」と饒舌に話す。
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「こんな話、彼女が聞いたら怒るだろうな」と女性を玩ぶ田向の愚行を、そして自分も同罪なので、自らの愚行を語ります。

光子が精神科医平田満さん)と向き会って「この玩具に触りたい。私も欲しかった。何も食べなかった。お兄ちゃんが作ってくれた。お兄ちゃんはそのままがいい。人生変わっても私は妹でいたい」と兄への気持ちを語っています。
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〇田向の妻:友季恵と大学同級生、宮村淳子(臼田あさ美さん)の取材
田中は亡くなった田向の妻友季恵(旧姓夏原:松本若菜さん)と大学同級生の宮村淳子に、彼女が経営するハープ喫茶店で取材。
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客の学生たちに「あなたたち文慶の学生さん、私も商学部」と挨拶し学歴に拘りを持つ人らしい。「夏原さんは要領の良い人で飛び抜けていた。文慶大には、内部生(付属高校から入学した学生)と外部生(大学から入学した学生)の二分されたスクールカーストがあるが、夏原さんは外部生でありながら内部生と外部生の橋渡しのような存在で特別な存在であった」と話す。
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田中が夏原のことを「救世主みたい」と応じると、宮村は「そこがズルいっていうか、怖いところなんです。彼女は自分と同列になることを嫌う」と意味深に否定する。「嫌いだったの」と聞くと「そうではない。私が英語ができるので向こうから近づいてきた」と言う。
しかし宮村は付き合っていた尾形孝之を夏原に取られ、ある日リゾートホテルに彼女を訪ね、ピンタして別れたと言う。理由は「夏原さんは私が内部生の尾形と付き合うことで、自分が下位になることが許せなかった」と語ります。
「私は夏原さんが嫌いではない。あそこまで女を出してくる人は珍しい。私の傷は浅かった。ひどい扱い方された人もいたから。夏原さんならどこで恨みを買ってもおかしくない」と語ります。彼女は夏原を貶しながら、実は夏原になりたかったという嫉妬心を持っていることが伝わります。ここでの臼田さんの美しく芯のある自立心が強そうな演技はすばらしいです。

〇宮村淳子の大学時代の元カレ、尾形孝之(中村倫也さん)の取材
晴れた日の川辺の縁で、殺された友季恵の大学時代の様子を聞こうと元カノの尾形を取材。
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尾形はまず「淳子が夏原さんが好きというのは嘘。内部者、外部者のことはわからない。淳子は見栄っ張りだった」と言い「女って基本、自分の話を聞いてもらいたがるじゃないですか。でも夏原さんはちゃんとこっちの話を聞いてくれる。場の空気をちゃんと読んで必要以上に目立たないし」と夏原をベタ褒め。「淳子から夏原さんに乗り換えたのは事実」と言い「(淳子が)自分のことを気にしていなかったか」と捨てた女性がいまでも自分のことを気にしているんじゃないかと愚かなことを聞く。
「演劇部で作業中に淳子がやってきていきなりピンタされた」と言い「リソートホテルで淳子が夏原さんにピンタするのを見て、ここで別れた」と語ります。淳子の見栄っ張りという愚行が明らかになり、尾形の軽さを見ることになります。

〇大学時代の田向浩樹(小出恵介さん)と付き合っていた稲村恵美(市川由衣さん)の取材
出来上がった記事「田向一家斬殺事件のその後」を読んでいるとき、「あの記事を書いた人に会いたい。田向さんはあんな人ではない」と電話あり、5年前に転居したという田舎町の保育園で稲村恵美を取材。
「大学の山岳部の先輩として付き合っていたが、彼の都合で別れた。就活の時期になり、彼は日本の社会は階級社会だと私の父のコネを借りたいと接触してきたので、彼氏がいたけれど付き合うことにした。
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その理由は、私がどんな気持ちで付き合っていたかを知らせるため、復讐のようなもの」と言い「田向に拘るのは、彼の生き方が好きだから。自分の好きなことに突き進む。母性に似た気分」と説明する。しかし彼は就活に二股をかけていて、もうひとりの女性垣内さんにも同じようにコネを依頼し付き合っていた。そこで三人は集まり、田向にどちらの女性を取るかを問うと「大学は社会にでるための機能、なんでも利用する」と言ってどちらも選ばなかった。「これに聞いて垣内さんが泣いて帰るのをみて感動し、田向の愚かさがわかり別れた」と話す。

別れ際に「この子似てない?」と問うのでした。田向の就職のために女性を騙すことを厭わない愚行、そして稲村の惚れたがゆえに田向の愚行を知りながら付き合うという愚行を見ます。
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ここでの市川さんのそれほどの美人ではないが芯の強そうで肉感的な人で、これなら恵美だと思える演技でした。

田中は病院の育児室を訪れ千尋を見る。その後弁護士に会う。
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弁護士は光子から一通りのことは聞いたと言い「お母さんは再婚し子供をもうけ3人で暮らしている。一体田中さんの父親はだれなの。田中さん自身虐待があったのでは?」と問うてくるので「誰だって希望を持っているが、悪魔がそれを砕く」と言い「中学の時、妹と父は関係を持った。確認したのは高校生になってだ」と妹と父の関係を話す。

弁護士が「千尋ちゃんの父親はだれか」と問うと「光子は僕に何も言っていない」と答える。
光子は精神科医に「父と関係をもった。お兄ちゃんは初めから知っていた。高校になってお兄ちゃんが父に抵抗したので父は家を出た」と告白。

〇第1の衝撃
思い出したと宮村から電話があり、田中は彼女の例の喫茶店に急ぐ。光子はまともな生活がしたいと頑張って文慶大に入学のだが、宮村が語る光子は夏原をみて憧れ、夏原に誘われ酒を飲み男と寝たことで次々と男と寝ることになったと聞かされる。
「光子さんの不幸は美人であったこと。そして野心が強かった。これを夏原さんが、自分が内部者に近づくために利用した。ああはなりたくない。私なら夏原を殺す」と言う。これを聞いた田中は宮村の背後から殴打し殺害する。殺害行動は、無音でスローモーションで描かれ、ついにやったかという感じ。実はこのことがこの作品で描きたかったことではないでしょうか。田中のとった殺人が愚行と見える!!彼は他人のタバコの吸い殻を残して去って行く。
田中は「カフェ殺人事件」を報ずる記事を目にして社に出勤すると電話があり、病院に駆けつける。

〇第2の衝撃
光子が拘置所診断室で「私はあかちゃんが欲しかった。思ってくれる人と暮らしたかった。が、あの子は笑わない。そんなとき町で夏原さんに会った。夏原さんは憧れの人、家までつけて幸せそうな親子を見てもう私は夏原さんにはなれないと思った。自分のなかでぷつんと切れた。簡単に殺せた」と呟いている。
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そこに精神科医がやってきて「だれと話しているんだ。今連絡があって千尋ちゃんは亡くなった」と伝えるが、光子は窓の外をみて笑うだけ。この結果に頷けます。愚行と犯罪の堺目がわからない。

〇第3の衝撃
弁護士が、母親の光子に対する虐待の実態を知ろうと、母親を尋ねると「内緒で産めるところはない?健康に産まれて欲しいと光子が訪ねて来た」と言う。これを聞いた弁護士は「実の親に犯された子でもそう思うの?」と問うと母親は「そうですか、知らなかったですか千尋の親を」と答える。弁護士は何故これを問うたのか、愚行です。まさか、田中が病院を訪ねた際に千尋ちゃんを殺したのではないでしょうね?

田中が光子の面会に訪れると、光子は面会の仕切りガラスに指を這わせながら「お兄ちゃんとこれだけの秘密を持てて、わたしは秘密が大好き。私はあの子に手を上げていない。お兄ちゃんがお父さんに何回も手を上げるのを見たから。ありがとうね。お兄ちゃん。お兄ちゃんだけが私の味方」と語るのでした。
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帰りのバスのなかで、田中は妊婦の姿を見て、席を譲る。この男が何であんな愚行を犯したのか、この男の心の闇に触れ、私自身の心を問うことになります。なにか、もやもやです。
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