映画って人生!

宮﨑あおいさんを応援します

「セールスマン」(2016)

イメージ 1本作、本年度アカデミー賞外国語映画賞」授賞作品。楽しみにしていましたが、やっとわたしどもの地方で公開となりました。監督はイランの名匠アスガー・ファルハディと聞いても本作が初めての鑑賞です。物語の展開がスピーデイで無駄な描写がなくグイグイと引き込まれ、圧巻のラスシーンに持っていかれたという感じです。

物語は、作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の舞台に出演している役者の夫婦。ある日、引っ越したばかりの自宅で夫が不在中に、妻が何者かに襲われますが妻が公になるのを嫌がり警察に通報しない。このことで夫は自ら犯人探しを始めることで起こる夫婦の葛藤が描かれ、衝撃的なラストが準備されています。

セールスマンの死」を用いてイラン社会を風刺し、演じる演者夫婦の実生活に影響を与えるという、うまい演出です。


タイトルの「セールスマン」が絶妙です。映画を観終わって唖然とさせられます。

セールスマンの死」の「セールスマン」が時代に取り残されている男を暗示するので、すざましい勢いで近代化するイランにおいて「姦通のタブー視」に振り回される男の物語に、このタイトルはまさにツボを得ていると言えます。このタイトルこそがアカデミー賞に結びついたのではないでしょうか。(#^.^#)


冒頭、アパートの一室。寝室や居間が見え、背景には「CASINO」や「BOWLING」などを表示するネオン看板が見える「セールスマンの死」の舞台風景から物語は始まります。この作品は「セールスマンの死」の主人公ウィリーをモチーフにしていることをしっかり明示しています。

そしてアパートが揺れ出し住民の避難が始まります。最初地震?と思っていましたが大きな建築機械が動いていることで地盤沈下によるものでしょうか。このシーンも激しく近代化を進めるイランの基盤がいかに脆弱かを示しているものでタイトル「セールスマン」に繋がります。

イメージ 2

このアパートの住人である夫婦、夫エマッド(シャハブ・ホセイニ)が避難を指揮し、隣人を担ぎ避難をします。エマッドは高校の国語担当でとても人気のある教師。妻ラナ(タラネ・アリドウステイ)は美しい人で理性的、専業主婦です。ふたりは小さな劇団に所属し「セールスマンの死」の舞台稽古に励んでいます。進歩的なイランの若いひとたちの代表です。このエマッドが、イスラムの因習のなかで、妻の事件後に小さな男になり果てていくところが見どころです!

イメージ 3

最初の舞台稽古のシーン。主人公ウィリー(エマッド)の情婦役のサナム(ミナ・サダティ)が、ウィリーから「出て行け」と言われ「裸のままじゃ、出ていけないわ」と返事すると、ウィリーの息子役が笑い出し、これに怒ったサナムが、劇場に来ていた息子と一緒に帰って終い稽古は中断してしまうというシーンがあります。イランでは女性は肌をみせられないから「裸」と言って芝居をするらしい。() これは強烈な風刺です。

とにかく早く家を探さねば劇場に泊まることになると、マネジャーのババク(ババク・カリミ)の紹介で新しいアパートに引っ越しますが、前住人の女性が荷物を残したままの一室があり、ふたりはこれを気にします。

エマッドが乗り合いタクシーで帰宅時、乗って来た女性に「身体が触れるのがいやだから席を代わって欲しい」というシーンがあり、これもイスラム社会のタブーを暗示しています。


このような環境のなかで、その日夫より一足先に帰宅したラナがシャワーを浴びているところに、夫の声と間違えてドアーのロックを外して男の侵入を許し、悲劇が起きます。ここはヒチコック風に描かれ、血痕を見せるだけで何が起こったのかわからず、このことで物語はとてもサスペンスフルなものになります。

イメージ 4

ラナは頭部に大きな傷を負っています。エマッドは警察に行こうと言いますがラナはこれを拒否します。

エマッドは自分で犯人探しを始めます。アパート住人に聞けば、「前の人はおかしな人で売春をしていた」「泥棒が浴室を襲うのはおかしい」などの噂が耳に入り、周りの目を気にし始めます。警察に頼るのをやめて、自分でやるしかない! エマットがラナに男のこと・手口を聞こうとしてふたりの間には冷たいものが流れ始めます。この感情の揺れを繊細に描いてみせてくれます。


部屋に男の携帯と車の鍵が残されており、地下の車庫で鍵が合う小型貨物車を見つけます。これだと簡単に犯人は割れそうですが、明日が舞台の初日なので、エマッドには迷いがあるようです。

イメージ 5

舞台の初日。繕いものをしている妻リンダ(ラナ)に夫ウィリー(エマッド)が「いつまで繕いものをしている」と取り上げ「俺の収入だ」と渡すと「あなたは世界一の男です」とリンダ。「お前はいつも俺を褒めるが、能力がないとおもっている」というシーン。突然リンダ役のラナが泣き出し「わたしを見てる観客の目が気になり芝居ができない」と言いこの日の公演を中止にします。


このシーン、ラナは自分の身に起こっていることではげしく世間の目を気にし、「他人の目」という障害を乗り越えることができない。


このことでふたりの関係はさらに悪化して行き、ついにマネージャーのババクがアパートの隣人から事件を知ることになりこれを劇団員に喋ったことで、ふたりはアパートを引っ越します。


ラナは代役を立てられて休みになり、サナムの子供をアパートに連れて帰りちょっと豪華なパスタ料理を作ります。エマッドが引き出しにしまっていた犯人が置いて行った金をラナがそれと知らずに使って料理したことで、このことを知ったエマッドは耐えられず犯人に復讐することに決します。

イメージ 6

放置されていた貨物自動車はパンを配達をしてる若い男マジッド(モジュタバ・ビルザデー)の持ち物であることがわかり、パン屋を訪ね「荷物を運ぶのを手伝ってほしい」と頼むのですが「無理」と断られる。「こいつは犯人ではないか」と睨んで交渉、店主の説得もあって手伝ってもらうことになります。


昔のアパートで待っていると「娘の婿の代わりにやってきた。心臓が悪いんだ」と年老いて男がやってきます。ここからこの男に対するエマッドの尋問が始まり、事態が二転三転と変化するという怒涛の展開のなかで、エマッド、ラナの揺れる複雑な心情がみごとに描かれます。


彼は「マシッドは自分の娘と今日は買い物に出ているから来れない」と言い訳をします。エマッドは「あなたの婿が私の妻を襲った」と責めると「そんなことできる男ではない。本当ならあんたの奥さんがおかしい」と反論です。


エマットが「本人に直接聞いてみたいので電話しろ」というと「電話を持ってない」というので電話を貸してやる。

男が「マジッド元気か、いまどこだ。だれと一緒だ、一人のとき電話しろ。・・・」と話している。会話を聞いていると、男の電話番号を婿が知らないらしい。「こいつは何者だ」とエマッドが男の仕事を聞くと「行商(セールスマン)だ」と言う。

「なんで婿があんたの電話番号を知らないんだ」と突っ込むと、出て行こうとする。

呼び戻して「靴下を脱げ」と命じます。なんと男の靴下の下には包帯が巻かれている。

エマットは「こんな男が犯人だったのか」と驚きます。問い詰めると「誰にも危害を加える気はなかった」と言い張る。エマッドは「なんで足を怪我したんだ!こんどはあんたの番だ。ここに奥さんを呼び出せ。俺が話してやる」と責め、芝居が終わったあとで問い詰めるとして、男を浴室に閉じ込め劇場に急ぎます。

イメージ 7

セールスマンの死」の舞台。自殺したウィリー(エマッド)に妻のリンダ(ラナ)が「許して私は泣けない。あなたは家のローンを払い終わったのに家にいない。もう借金はなく“自由よ”」と話し掛け泣いているラストシーン。


芝居が終わると、カーテンコールで大きな拍手を受けます。そしてふたりは犯人を閉じ込めたアパートにやってきて、エマッドはラナを男に会せます。ラナは憔悴しきっている。

エマッドが「まだしらを切るつもりか」と責めると「ひどいことをした。そそられたんだ。許してくれ」と罪を認めます。エマッドはラナに「この男どうしようか。男の妻を呼んでいる」というと「復讐する気?返してあげて!」と懇願します。

イメージ 8男はこれを聞いて帰り始めるが、エマッドは「そのうち奥さんがくるから」と引き止めます。

ラナは何度も「返してあげて」と懇願します。諦めてラナが部屋を出て帰り始めたとき、異変がおきます。()

男が意識を失って倒れてしまう。エマッドは電話でラナを呼び戻し、死なせては大変なことになると「車の中に薬があるかもしれない」と薬を探します。薬を持って戻ってきたエマッドは男に薬を呑ませ、ラナが懸命に心臓マッサージを試みます。男が息を吹き返すとラナは「もう大丈夫、救急車呼んだから!家族と話したら私たち終わりよ!」


その時、家族が到着。男の妻、マシッドと男の娘は倒れている父親に駆け寄り心臓マッサージ、男は息を吹き返し立ち上がれるまでに回復します。男の家族はエマッドに「助けてもらってお礼のしようもない」と感謝の言葉を並べます。()


エマッドは男を別室に呼び入れ「清算する」と言って紙幣を何枚かと携帯電話をビニール袋の中に入れ男に手渡し、そして、男の頬を一発殴打して涙を見せます。これをじっと見るラナ。ところがここで、又意外なことが起きます。()イメージ 9

部屋を出ていった男の足取りが乱れて倒れ込んでしまう。男は懸命の家族の心臓マッサージで命を繋ぎ、救急車に収容されます。これを見送ってラナは泣きながら現場を離れます。


翌日、芝居のメイクをしているエマッドとラナ。ふたりは顔を合わせることなく、鏡に映る自分の顔をじっと見つめています。ふたりは、これからはどうなるんでしょうか。


復讐を誓ったエマットは復讐に失敗し、さらにラナを失うかもしれない最悪の事態に。一方犯人の男は生き延びて何事もなかったように家族のもとに帰っていくという結末。

ここで登場するふたりのセールスマン、エマットと年老いた犯人の男。ふたりとも舞台の「セールスマン」と違って生きているというところがおもしろい。“なにも改革されてない”という皮肉でしょうか? 近代化されつつあるイランの暗部をみごとにあぶりだしています。

****