映画って人生!

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第18回「愛は夢」

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駅伝の盛り上がりとともに、四三(中村勘九郎)の妻・スヤ(綾瀬はるか)が懐妊する。イギリス留学から帰国した二階堂トクヨ(寺島しのぶ)が、女性が自由に体を動かせるチュニックと「ダンス」を持ち帰り、身重のスヤやシマ(杉咲花)が目を輝かせる。そのころ、長旅から東京に帰ってきた孝蔵(森山未来)は、美川(勝地諒)と小梅(橋本愛)の起こしたトラブルに巻き込まれ散々な状況。腐りそうな孝蔵を、いつか日本一の噺家になるからと親友・清さん(峯田和伸)が激励する。そんな折、治五郎(役所広司)にフランスからニュースが飛び込む。
感想:
東海道五十三次駅伝を成功させたのちも、マラソン馬鹿になった四三は次々と企画を立て、妻の妊娠も隠して、走り続ける。子供がもうすぐ生まれるという現実のなかでスヤは悩みましたが、四三の夢を知り、自分もその夢に加わろうと、今は走ることに没頭できるようにと熊本に帰り、長男を誕生したという「愛は夢」の話、いいはなしでした!
こんな自己中の男。子供っぽい。今なら離婚でしょう。() しかし、走ることで世界が広がっていく四三に付き合うのも面白い人生だと思います! このドラマ、綾瀬さんの演技に支えられていますね!
 
女子もスポーツ!
当時の進歩的女性の二階堂トクヨでさえ「女子の体育の目的は子供を作るための体つくりだ」という。今日の状況からみると、いかに女子のがんばりが凄かったかが分かります。スポーツが女性の社会進出に及ぼした効果は大きいですね。
 
孝蔵は、東京に戻っても小春と美川の不始末で、ヤクザに追われ東京に居れない、高座に立てないという。この話、「いだてん」に絡む話になっているんですかね。時代の雰囲気を知ることはできますが、志ん生の落語の“おち”に使われる程度の描き方では受け入れられないでしょう。
 
さあ、またオリンピックだ!
8年ぶりのオリンピック開催の知らせ。日本のスポーツは、社会はどう変化するのでしょうか。
ピークを過ぎて8年越に参加を目指す四三、勿論参加でしょうが、何を目指すのか。
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四三は日本初の駅伝以来、走ることに益々拍車がかかり、富士登山競走、極東選手権、東西対抗戦と日本中を駆け巡っていた。妻スヤはめでたく懐妊し熊本に戻っていて、四三は「夏には帰る。身体が丈夫であればいい。国家のために丈夫な子を産んで欲しい」と便りをした。
 
孝蔵はドサ回りから東京に帰り、浅草で久しぶりに清さんに会うと、「徳重というヤクザがお前を追っているからしばらく身を隠せ」といわれる。
小梅が徳重に金で買われ囲われているが、気に入らないことがあると、他の男とすぐに逃げ出すらしい。いまお前の名前を語って、男を庇っているらしいとう。
 
その男というのが美川で、小梅と美川は四三を訪ね、小梅が「美川を預かって欲しい。私は旦那のところに戻るから」と四三に預けて帰っていった。
美川が四三に抱きつき「あいつは情が深くて惚れっぽい。会いたかったよ!今は絵を描いている。竹下夢二知っているか?女性の時代だよ」と喋り、ここに居候することになった。()
 
シマ(杉咲花)が暗くなると、すっかり走ることに憧れ、外に出て走り始める。
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ここから落語でこのころの体育の歩みが語られる。落語と東京女高師の体育の状況が面白くするために交互に描かれるが、分かり難い。いくら立派な芸術品でも観る人に伝わらなければ意味がない。そろそろ気付いて欲しい!
 
「体育をするとぶさいくになる」と言われた時代。シマが通う東京女高師では、二階堂トクヨが女子たちに体育を教えていた。
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この頃、女学生たちはブルマをはいて運動していたが、トクヨは「着物は胸を締め付ける。これで日本の女は早死にする()」とイギリスで知った「チュニック」を播磨屋で仕立てさせ、女学生たちに与えこれでダンスを踊っているところに、永井が激怒し「なんだ!気は確かか、俺の生徒が。破廉恥だ!」と怒鳴り込んできた。()
トクヨはメインポールダンスという優美なダンスを躍らせ、「先生の本でスエーデン体操を信じてきたが、あなたの体育はいかに女子の身体の特徴を無視したものかを知った。あなたはもう古い!女子の体育は女子の手で、子を産むために優雅なダンスを学ぶのです」と言い放った。
 
その頃、スヤが熊本から播磨屋に戻ってきていて、チュニックがよく似合っている。スヤが辛作(三宅弘城)が「これが足袋かね?」と聞くと「妊婦?」とスヤの妊娠していることにびっくりする。
そこに、美川が帰って来て「四三は高師の後輩の秋葉と下関から東京までの1200kmの走る計画を立て夜遅くまで練習している」という。
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これを聞いたスヤが「あの人はマラソンをするために私と結婚。マラソンやめたら私と子供はどうなりますかね」と美川に不満をぶちまける。四三はいまだに自分たちの結婚を辛作にしか明かしていなかった。
 
美川は怒るスヤに四三の日記を見せる。そこには四三がオリンピックで金メダルを取り祝賀会が開かれているという夢が書いてあった。日記を読むと「スヤは西洋のドレスを着て、音も立てず近づいてきた。晴れて皆に紹介し、大いに祝福を受ける。目が覚めて思う。スヤの期待に応えるためには金メダルしかない。スヤと生まれてくる子のために」。
 
スヤは熊本に帰ることにして播磨屋を出た。夜になって、四三が練習を終えて帰って来るがスヤがいない。辛作から今帰ったところだと聞き、スヤが乗った電車を追っかけた。停車所で追いつき乗り込んで安産祈願のお守りを渡した。するとスヤが「金メダルで」と、血マメの四三の足を見て、微笑む。四三が「泊まらんね」に「帰ります」と熊本に帰っていった。「いまここにいては夫が走れない、熊本で産もう」と決心したのでした。四三の愛の夢に、スヤも加わることにしたのでした。泣けますね!
 
熊本に戻ったスヤは、夫の足る姿に呼吸を合わせ、無事に男の子を産みました。とても感動的な映像でした。
四三は大正の正と明治の明を結び「正明」と名付けた。令和と平成で「和成」なんて名が出て来そうですね!
 
四三は辛作に新しい足袋の作成をお願いするが「これは足袋じゃねえ、運動靴だ。靴屋に頼め!」と怒るが「播磨屋のものは日本中探しても、シューズに勝るものはない」と頼み込む。
 
四三は東京~下関間2400kmを見事に走り切っていたが、熊本には帰って来なかった。
生まれた子の顔を見に来た実次(中村獅童)。「すいません!」と幾江(大竹しのぶ)に話すと、「近頃は便りの宛書がスヤ殿、幾江殿だったが、今ではスヤ殿正明殿で読めなくなった、私には絵がかいてあるだけ」と不平を投げてくる。()
 
孝蔵は浅草の飲み屋え清さんに会う。話はついたがほとぼりがさめるまで1年ばかり東京を離れておれという。清さんが「日本一の噺家になれよ」と激励しているところに突然徳重が」やってきた。孝蔵が逃げるまで、清さんが体を張って徳重を止めてくれていた。清さんの峯田和伸さんの体を張って止める演技が冴えていますね! ぜひ映画で見たい!
 
大正9年、四三は「マラソン対駅伝」、日光から東京までの130kmをひとりで走るという計画をしていた。
そこに辛作が来て新しい足袋を渡す。以前からそこが布でなくゴムにして欲しいと頼んでいたものだった。
 
女子体育も可児(古舘寛治)が米国から帰国し、大きな変化を遂げようとしていた。可児は「女であることに自身を持て、私は女だ!」と女であることに誇りを持てと教え始める。
 
一方、協会では、治五郎が神宮外苑にオリンピック会場を建築するよう気合をかけていた。
 
「マラソン対駅伝」にこの足袋で四三は臨んだ。結果は130kmを20時間で走り切った。駅伝の勝ちであったが、倒れ込んだ四三に駆け寄り辛作が「勝った!勝った!あんたは負けたが、俺は勝った。足袋のゴム底は破れていなかった。」と気勢をあげた。四三は「もう日本には走る道がない」と声を上げていた。
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体協に、五輪マークのついた封書が届いた。クーベルタンから治五郎に宛てた親書だった。
読み終えた治五郎が高笑いして「韋駄天を呼べ!韋駄天を!」と叫ぶ。8年ぶりにオリンピックを開催するという知らせだった。
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記事1:
NHKの上田良一会長(69)が9日、東京・渋谷の同局で定例会見を行い、NHK大河ドラマいだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」(日曜後8・00)の視聴率について言及した。
 第16話が4月28日に、第17話が5日に放送され、平均視聴率はそれぞれ7・1%、7・7%(いずれもビデオリサーチ調べ、関東地区)。第16話は大河ドラマ史上最低視聴率を記録した。これまでのワーストは「平清盛」(2012年)第31話(11月18日放送)の7・3%だった。
 上田会長は「視聴率で見れば、かんばしくないが、私は別の角度から楽しく見させていただいている。私は田舎が熊本の対岸の(長崎県)島原で、言葉が似ていて、生まれたときの育った言葉に近くて愛情を感じる。ストーリーは宮藤官九郎さんがいろんな工夫をされてつくっている芸術性の高い作品。視聴者の方々がそういうところを楽しんでいただけたらと思う」とコメント。

 打開策について聞かれると「私がどうこう口出しする気はありません。宮藤官九郎さんがイメージする作品をつくっていただきたい。来年は五輪もあるし、金栗四三さんが箱根駅伝に深く関わっていたことなど、皆さまにとっても親しみやすいストーリー展開が今後期待できる」と答えた。

記事2:
5月8日の毎日新聞夕刊にあった同志社女子大影山貴彦教授(メディアエンターテインメント論)の言葉だ。
「今の社会は寛容さが欠けているとよく言われますが、同じ読み方で涵養という言葉があります。自然にじわじわとしみ込んでいくように育てる、という意味ですが、寛容と涵養が社会にもメディアにもないな、とつくづく感じています。短い時間で判断するのではなく、もう少しクドカンワールドのジワッとくる面白さを時間をかけて楽しんでほしい。噺家は客が育てる、というでしょう。いいドラマは視聴者が育てるんです」
 このワイド特集の見出しは「NHK『いだてん』なぜ盛り上がらない? ユーモアとセンスのクドカンワールド 時間かければジワッと」。
 締めは《マラソンには、ランナーたちのさまざまなドラマがある。「いだてん」も「短距離」ではなく「長距離」の視点に立てば、出演者や裏方の「汗」に感じ入ることができるかもしれない。》
この記事、オチもうまかったのである。