監督が「ファーザー」(2021)で第93回アカデミー脚色賞を受賞したフロリアン・ゼレール。ヒュー・ジャックマン、アンソニー・ホプキンス:アンソニー出演ということで、事前情報なくWOWOWで観ました。
これがよかった。「ファーザー」と同じく擬似体験できる演出で、ヒュー・ジャックマン演じる父親が鬱の息子に対峙し決断を下す、その難しさを味わった。スリリングだった。地味な作品ですがすばらしい体験ができた。
監督:フロリアン・ゼレール、原作:フロリアン・ゼレール自らの戯曲「Le Fils 息子」、脚本:フロリアン・ゼレール クリストファー・ハンプトン、撮影:ベン・スミサード、編集:ヨルゴス・ランプリノス、音楽:ハンス・ジマー。
出演者:ヒュー・ジャックマン、ローラ・ダーン、バネッサ・カービー、ゼン・マクグラス、アンソニー・ホプキンス。
物語は、
家族とともに充実した日々を過ごしていた弁護士ピーター(ヒュー・ジャックマン)は、前妻ケイト(ローラ・ダーン)から、彼女のもとで暮らす17歳の息子ニコラス(ゼン・マクグラス)の様子がおかしいと相談される。ニコラスは心に闇を抱えて絶望の淵におり、ピーターのもとに引っ越したいと懇願する。息子を受け入れて一緒に暮らし始めるピーターだったが、親子の心の距離はなかなか埋まらず……。(映画COMより)
2022年・第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品作。
あらすじ&感想:
冒頭、ベス(バネッサ・カービー)との間に生まれた赤ん坊・セオをあやして出勤するピーター。
事務所で執務中に突然元妻のケイト訪ねてくる。「電話ぐらいしろ!」というのも分かる。(笑) ケイトは「息子のニコラスがひと月ほど登校していない」と言う。
ピーターは帰宅してこの話を妻のベスに話すと「父親が必要なのよ、でもあの子は怖い!」という。
次の日、ピーターは出勤し、手際よく仕事をまとめて、ケイトのアパートを訪ねた。ケイトは不在でニコラスと話す。いきなり「学校に行ってないのか?なぜだ?」と聞く。「理由はない、行きたくない」という。「大学進学適正テストがあるから行け」と促がすが「父さんと居たい。母さんとはうまく行かない」の一点張り。ピーターはニコラスを引き取ることにした。
離婚の際、元夫婦のニコラスに対する責任はどうなっていたのか?「学校に行けない」だけでニコラスを家に連れてくることに違和感を感じた。
ベスはこれを受け入れた。ピーターはニコラスの腕に傷があると明かした。ベスはカウンセラーの必要性を訴えた。
ニコラスがピーターの家族と暮らすことになった。
ニコラスはベスのことを気にしていたが「喜んでいる」と伝えると嬉しそうだった。与えられた個室で勉強を始めた。
ニコラスは新しい学校に顔を出すが嫌らしい。帰宅するとベスを「父を奪った」とを責めた。ベスは大人らしく取り合わなかった。恐れていたことが起こったと思った。
ニコラスはカウンセラーを受けた。
カウンセラーの「皆と遊べないか?」に「みんなバカみたいだ、パーティーとか遊ぶことだけだ。興味ない」と応え、この日は終わった。
ピーターはケイトにニコラスの近況を伝えた。
「最初は戸惑っていたようだが、慣れたようだ。ベスとは努力している。弟が可愛いようだ」とケイトに伝え、うまくいっていると思っていた。
次のステップとしてニコラスにダンスを教えた。
ニコラスは数学がAで自信を取り戻したと判断し、次は友達つき合いが出来るようにパーティーに参加させることにした。仕立て屋で洋服を作り、帰宅して、夫婦でダンスを教えた。三人で愉快にダンスをしたが、ニコラスは楽しくなかった。夫婦はこれが読めなかった。
ニコラスのベットからナイフが発見された。
ナイフのことでピーターとニコラスが揉めた。ピーターが「何でナイフを持つか」と責めると「強盗が入ったときだ」と答える。ニコラスの腕の傷を露出させ「これは何だ?」と責める。「傷ではない、和らぐんだ!」と言う。「和らぐとは何だ?」、「痛いと苦痛を実験できる」と反抗する。ニコラスは「ベスが見つけたの?」と聞く。「探したのではない、ベッドの整理で見つけた」と応えた。ニコラスが「護身用だ!父さんも銃を持っている」という。ピーターは「父から譲られたもので身を護るためだ」と応えた。最後には「お前が傷つくと俺も傷つく、やめろ!」と話せば「父さんは母さんを傷つけ僕も傷ついた」と部屋を出て行った。
ふたりの会話にひりひりした。この問題は非常にデリケートな問題でピーターのやり方が良いとは思えない。
翌日、ピーターは会議に参加。昨日のニコラスとのやり取りを思い出し「こういうとき自分の父はどうしたか」と、ピーターはうわの空で聞いていた。
ピーターは父(アンソニー・ホプキンス)を訪ねた。
ピーターが「予備選の選挙参謀に誘われているが、ニコラスの問題がある」と切り出すと父は「もう俺を責めるな!俺は良い父親ではなかったが、いい加減に成長しろ!情けないぞ!」と説教を垂れた。
ピーターは「父親は今の俺と同じだ、問題はない」と考えたのではないか!
ニコラスがベスの本心を知った。
ピーター夫婦はパーティー参加の予定であったが、ベビーシッターが病気で出席できない事態になった。ニコラスが代行を申し出た。バスは「うれしいけれど」と断った。ピーターが「最悪のことばかり考えるな!」と注意すると、ベスはニコラスはいないと思って、「ニコラスは鬱であんな子には任せられない。彼の視線にぞっとする!」と喋った。そこにニコラスが現れた!ニコラスは「イヤリングが堕ちていた」とベスに渡して部屋に戻った。ニコラスには聞こえていた
ニコラスは“居場所がない”とケイトのところに戻った。
ニコラスは「あそこには自分の居場所はない。邪魔者だ!重圧がきつい、気が付いてない。学校の話ばかりだ。法を学ぶ気も弁護士になる気もない!父さんは選挙でこれまで見てきた夢をかなえようとしている。僕は身体がおかしい!それでも毎日力を振り絞ってやっている」と訴えた。ケイトが「私が乗り越えさせてみせる」と慰めた。しかし、「もういい、ここで過ごしなさい」とは言わなかった。ニコラスはアパートを出て、公園で休んでいた。これをベスが見かけてピーターに告げた。
ピーターは「これが最後だ!なぜ学校を休む」とニコラスを責めた。
ニコラスは「気分が悪かった。模擬試験のためだ」と嘘をついた。ピーターは「学校に電話した。学校には行ってない。パーティーの話も嘘だ。立ち直る機会を与えても前と同じだ。ただの嘘つきだ!説明しろ!側にいて強さと自信を与えようとしたが、このままでは生きて行けないぞ」と責めた。ニコラスは「学校には戻らない」と答えた。
ピーターは「俺の父は母が病気でも帰らず金に困ったが、それでも頑張った。お前に何故できない」と問うた。ニコラスは「生きることが出来ないのは父さんの星だ!偉そうに人生や仕事を語って、簡単に僕らを捨てた。正論を振りかざすが、最初からただのクズだ」と言う。ピーターは「お前のために何年も結婚生活を続けた。何故だ?ベスを愛したのが罪か?俺にも権利がある俺の人生だ」とニコラスの胸蔵を掴んだ!
その夜、ベッドにニコラスの姿はなかった。
ピーターの言い分は大人げないと思った。
ピーターとケイトがニコラス入院の知らせで病院に駆けつけた。
ベスが風呂場で倒れているニコラスを発見し救急車を呼んだのだった。医師は「傷は浅く、よくある症状です。慣れているので任せて欲しい。ニコラスを観察したい。ニコラスに何をしたかを理解させることが必要だ!本人がこれを軽視する間は油断できない」と症状を説明した。ピーターとケイトは医者に任せて、帰宅した。
ピーターはアパートに戻ったが、ケイトは何も話さない!
ピーターは子供のころ海に行って、浮き輪が壊れ母が悲鳴を上げたが自分で泳ぎ出したことを思い出していた。ニコラスも自分で泳ぎ出すだろうと。
ケイトからニコラスが治療を拒否するので時間を空けて欲しいと伝えてきた。
ベスはしばらく実家に戻ることにした。
ピーターは「セオのためにましな父親になる」とベスに約束して、「どう生きる?お前の年頃にはこうだった」という親父の言葉が情けなかったと言い、「もう選挙運動は止める」と誓った。
ピーターとケイトはニコラスの治療について医師と話し合った。
医師が「入院が必要だ。しかし、未成年者だから入院するかどうかは親の認が必要だ。任せて欲しい」と丁寧にその必要性を説いた。ニコラスは「ここの陶芸では治せない。普通の生活に戻れる。そうしないとダメになる。ここの人には分からない。父さん連れて帰って!」と泣いて訴えた。医師から「医療チームに任せて欲しい。愛情の問題ではない」と決断を求められた。
ピーターの決心は?
まとめ:
鬱の息子と付き合うことの難しさがよく分かった。どう対処してよいか分からない怖い話だった。
息子のニコラスはっきり自分を示していた。気づかないのは大人達だった。
父親のピーターは人生に成功しさらに上を目指す、息子ことを真拳に考えず、説得は自分の成功体験でしかない。ニコラスの悩みや鬱の特性を知る努力がなかったと思う。“このことに気付いたこと”で、皮肉にも最悪の決心となった。
母親ケイトは理解していると言いながら責任をもってその先を考えないで逃げていた。
ベスは幼い自分の子供の世話が精いっぱいでニコラスのことまで気が回らない。
ニコラスを精神病院に預けるかどうかのラストシーン、
精神病院で治療するかどうかの判断。医師は「ここなら治せる」と勧めたが、息子のニコラスは「いやだ!」と涙で何度も何度も訴えた。ピーターはこれを認めず部屋を出たが、ニコラスへの情に捉われ戻って認めた。
この判断は間違いだと思った。
ニコラスは嬉しそうに帰宅し、ピーターとケイトが安堵しているところに風呂場から拳銃発射音。
やはり自分の判断が正しかったと思った。
ところが数年後、ニコラスは小説家として久しぶりに帰宅。これを嬉しそうに喜ぶピーター。
ピーターの判断でもよかったのか?
そこに妻のバスが「ピ-ター何しているの!やることはやった!」と慰める。
やはりピーターは間違っていたのか。この演出が憎い!
強烈に“鬱の息子には専門家の意見を尊重せよ”と教えられた。先生と相談しながら、息子は息子だ、辛抱強くニコラスと付き合うことしかない。息子の要求を拒否するのも愛情だと考えさせてくれる作品だった。
戯曲を映画化した作品。とてもセリフが丁寧で会話に引き込まれる。ピーターが決心するどのシーンも、これで良いのかと判断に迷い、共に考える感覚だった。
これを演じる俳優が凄かった!息子役のゼン・マクグラス、同情を引き寄せる演技が素晴らしかった。騙された!(笑)
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