「淵に立つ」の深田晃司監督作ということで、WOWOWで観賞しました。
人は善と悪の二面性を持ちますが、この悪の部分を鋭く追及し恐怖に追い込んで来るのか深田監督。本作も然りで、「淵に立つ」に比してストーリーがシンプルですが、強烈に胸に刺さります。
時制を無視し、個々のエピソードをパズルのように埋めていいき、出来上がった結末で恐怖の淵に立たされ、自分の中にもこんな悪があるに違いないと、唖然とさせられます。
原案:Kaz、脚本:深田晃司、撮影:根岸憲一、音楽:小野川浩幸。
主演:筒井真理子、助演:市川実日子・池松壮亮・須藤蓮・小川未祐・吹越満
・大方斐紗子・川隅奈保子。
訪問看護師が、身内の事件で、信頼されていた被介護者の娘から不条理な仕打ちを受け、マスコミ・世間からの非難に耐えきれず、自分を見失い、遂に・・・というサスペンスドラマ。
現在と過去軸を交互に描き、色彩や音響、カメラワークでサスペンス感を高めてくれます。
ねたばれと感想(ねたばれ:注意):
映画の出だしから、順次いくつかのシーンを並びます。
美容院を訪ねた白川市子(筒井真理子)は「昔を思い出して」と米田和道(池松壮亮)を指名して“髪を切ってもらう”。市子は夫と別れたこと、看護師を辞めたなどと話し、米田はうまくこの話を受け流している。
市子は痴呆症の始まった画家大石塔子(大方斐紗子)を丁寧に介護する。それに手を貸す塔子の孫でニートの基子(市川実日子)と中学生のサキ(小川未祐)。大石邸には基子の父母の姿はない。
在宅介護ステーションに戻った市子は仲間に「飲みに行こう」と誘われるが、「ちょっと」と断った。
市子がゴミ出ししていて出勤する米田に会った。米田が近くに住んでいることを知り、そのアパート名を聞いた。夜、自分の部屋から、米田のアパートを覘き基子がいることを確認して、薬を飲んだ。
カフェで、市子が基子とサキにテキストを使って介護法教えていた。基子は市子に憧れ看護師を目指している。そこに市子の妹の子・鈴木辰男(須藤蓮)が介護テキストを届けに顔を出し、「北海道を旅する」と出て行った。このとき辰男がサキを見ていた。
夜、市子は歯磨きしながら、米田の部屋を覗いて、基子がいないかと確認した。
市子が婚約中の医者・戸塚健二(吹越満)と塔子の定期健康診断のため大石邸を訪れた折りに、基子の母親・洋子(川隅奈保子)が「サキが塾に行ったあと戻っていないの」と電話しているのを聞いた。
夜、市子は米田のアパートを確認すると激しく犬が哭いていた。そのせいで、(薬のせいで眠り)四つん這いになり、犬の鳴き声で“わん、わん”と何かを探し回っている夢を見た。
朝、TVで「中学生の大石サキさんが誘拐され・・」のニュースを見て、大石邸に向かうと大勢の記者たちが集まっていた。
邸に入ると母親の洋子が泣いていた。市子は塔子にトイレをさせていると、TVニュースが「サキは無事保護され、犯人は鈴木辰男である」と報じていた。市子が洋子に辰男のことを話そうとすると、基子が「あなたには関係ないこと」と制した。
市子がアパートに帰ったあと、基子のところに米田から携帯電話で「美術館に行ってきた」と連絡があった。
・・・・・
市子の行動がよくわからない!市子が緊密な関係の基子を監視する、“わん、わん”と泣く。これらの行動は何を示唆しているのか?
物語がふたつの時間軸で進んでいるからです。
辰男の事件が原因で、市子は基子の裏切りで窮地に陥り看護師を辞め、美容院で髪を切り、これ以降の市子の行動(現在)と、塔子の介護で親しくなった市子と基子の関係が崩れていく過程(過去)。ふたつの異なる時間軸が交互に描かれることで、ふたりが仲違いし、市子が追い込まれ基子に復讐心を抱いていく様に恐怖を感じよううまく仕組まれています。ややっこしい!(笑)
基子は市子を労わるように動物園に誘い、幼い女の子と裸で遊んでいたところを妹のサキに見られた話をする。そのとき、動物園のサイが勃起していて(笑)、市子が幼い辰男でも勃起するのかとパンツを脱がせ確認した話をする。
基子は市子が結婚することを知り、これまでの関係が崩れることに不安を抱き、動物園でなにげなく交した市子の話をマスコミに話したことから、TVや雑誌で「看護師が手引きした少女誘拐事件」として報道された。
市子はマスコミに付き纏われ、介護ステーションにも記者たちが押しかけるようになり、遂に退職した。さらに迷惑をかけると戸塚との婚約を破棄した。
人生の全てを失った市子は、基子への復讐として米田と寝てその写真を基子に送ったが、米田は「基子とは別れた!」という。
その後、市子は子どもと遊ぶボランティアで働きはじめたが、そこで基子に出会って殴られる妄想に襲われ、過呼吸に陥った。湖に入っていく幻想のなかで基子への怒りを薄めていった。
(数年後)辰男が出所し、市子が面倒を見ることにした。辰男はサキに謝罪したいというので大石邸を訪れたが、すでに引っ越していて会うことはできなかった。
その帰り、交差点で止まっていると、基子が看護師として老人たちと散歩する姿を目にした市子は、基子に車をぶつけようとするが、これは錯覚で、長いクラクションで怒りをぶつけた。基子と話すことなく、その後のバックミラーに映し出される市子の表情は無表情で、その場を走り去った。基子への怒りは収まっていても、突然でてくる市子の怒りの感情。
なぜ市子の基子への怒りが暴走したのか。基子が謝罪に訪れても会わなかった。婚約者の戸塚が「迷惑はかまわん!」と言ってくれたにも関わらず、これを受け入れなかった。
看護師として誠実で優しい顔をもちながら、この激しい復讐心。これは市子がもつ業、説明がつかない。
“よこがお”とは、善悪の二面の感情をもつ人の別の顔。これが自分の顔でもあると思うと怖くなります。
もうひとつ、市子は辰男を手引きなどしていなかった。報道の仕方で、人生の全てを奪われるという恐怖。
温和で善なる市子と復讐に狂った市子を演じた筒井真理子さんの演技は圧巻でした。市子に特別な感情を寄せる市川実日子さんの演技も、基子の物語でもあり、ともにすばらしいものでした。
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