市子を演じる杉咲花の表情を追うだけで一種のサスペンスだという作品。彬咲花で観ることにしました!
原作:監督の戸田彬弘が主宰する劇団チーズtheater旗揚げ公演作品で「川辺市子のために」。お初にお目にかかる監督。脚本:上村奈帆 戸田彬弘、撮影:春木康輔、編集:戸田彬弘、音楽:茂野雅道
出演者:杉咲花、若葉竜也、森永悠希: 倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり、他。
物語は、
川辺市子(杉咲花)は3年間一緒に暮らしてきた恋人・長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けるが、その翌日にこつ然と姿を消してしまう。途方に暮れる長谷川の前に、市子を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)が現れ、彼女について信じがたい話を告げる。市子の行方を追う長谷川は、昔の友人や幼なじみ、高校時代の同級生など彼女と関わりのあった人々から話を聞くうちに、かつて市子が違う名前を名乗っていたことを知る。やがて長谷川は部屋の中で1枚の写真を発見し、その裏に書かれていた住所を訪れるが……。(映画COM)
物語の案内を読むと、自分なりの物語が浮かぶが、全く違う、想像を超えた展開に驚いた。刑事の後藤と長谷川が関係者に会うたびに市子の新しい顔が見えてくる。このミステリーに隠れた今の時代を生きる苦しさが伝わってくる。
風景や気象など自然を生かした演出、そこからくみ取れる情感で、舞台劇だからとの危惧は全くない。
あらすじ&感想(ねたばれあり:注意):
冒頭、海の波、ラフな黒いワンピース姿で鼻歌を口にして閑散とした住宅街を歩く無表情な市子の顔。市子になにがあったか。
長谷川が、蝉が啼くなか、スクーターで帰宅を急いでいた。
市子は、東大阪生駒山で遺体が発見されたことを報じるTVニュースを見聞きしながらバックに詰め物をして、ベランダから外に飛び降り姿を消した。
帰宅した長谷川は専業主婦の市子がいない。バッグが残されていることに驚いた。
2015年8月12日、長谷川は市子と台所で並び写真を撮って食事したことを思い出していた。肉の料理よりも味噌汁の臭いが幸せの臭いだと喜ぶ市子。結婚しようと婚姻届けを出すと泣いて喜んだ姿が思い出される。
2015年8月21日、後藤刑事が長谷川のアパートを「これが最後だ!」と尋ねてきた。後藤から「心当たりは」と聞かれても何も思い出せない。1987年の生まれの28歳、出身は大阪と伝えた。「プロポーズが負担になったとかないのか」と問われる。「何で捜査願いを出さない」と聞かれた。長谷川が台所で撮った写真を見せると、
「それ存在しないかもしれんぞ」という。存在しないとはどういうことか?
後藤刑事は市子を知る人たちの声を聴取していた、
市子の幼馴染のさつき(大浦千佳):
1997年、市子が小学校のときの名前は月子だった。市子の母親・なつみ(中村ゆり)はスナックで働いていた。市子はスナックで勉強していた。市子がボーイフレンドの浜田とつき合うので文句を言うと掴みかかり大喧嘩になったという。自分の想いを通す子だった。
中学生時代の友達・梢:
2000年、市子がいじめられる梢を救ったという。家に呼びケーキを食べさせると初めて食べたと喜んだ。プレゼントを渡そうとすると、お金がないので盗んでお返しをする子だった。アパートを訪ねると狭い部屋は洗濯物で一杯だった。男・小泉‘渡辺大地)がくると外に出されお金を貰っていた。
高校時代付き合っていた宗介(倉悠貴):
宗介は市子を北秀和(森永悠希)から奪って自分の女にしたという。2年付き合って、半年もやらせてくれないと市子のアパートを尋ねると、そこに小泉がいた。市子は「あんたが好き!」と言ったが、宗介はやる気がなくなったという。このころ市子と小泉に何があったか?
長谷川は市子が勤めていた新聞配達屋の寮を訪ねた。
管理人から話を聞いた。市子は不愛想な子で誰とも話さなかったという。もうひとり下宿していた吉田キキ(中田青渚)を紹介してくれた。
長谷川は新聞配達員の友・吉田キキを訪ねた。
市子は花が好きな子だった。パティシエになるのが夢だと話し、市子の夢を聞くと「私にはない!」と答え「人を殺したから」と言いすぐに笑顔で取り消した。印象は優しい子で困っている人だと思ったという。ホームレスのようになった姿を見てキキがここに連れてきたという。高校を卒業して何故就職しなかった?
捜査会議。後藤は生駒山の遺骨名“山浦みつこ”は偽名だと考えていた。
長谷川は市子のことを知りたいと警察署の後藤を訪ねた。後藤は長谷川を連れて関係者の聴取にあたることにした。
さつき:月子は小学4年生だった。身体が大きかった。よく虐められたという。
梢:遊びに寄ったとき“おまる”が部屋にあったという。長谷川は「介護用のおまるか」と聞いた。何故“おまる”があったのか分からなかった。
「生駒山の遺骨は川辺月子、戸籍謄本で判明した。月子はダウン症だった」とニュース発表された。後藤は「何故障害者と健常者の月子がいる」と考えていた。
後藤は「市子は月子に成りすましだ。理由があるだろう。生きていくためだ」と呟いた。
後藤と長谷川。戸籍取得支援団体を訪ねた。
2010年夏、市子が訪ねてきたが、親の証明や指紋採取が必要を聞いて脱落したと知った。その後、市子を捜していると男性が訪ねてきたという。後藤が高校の卒業アルバムを見せると北秀和だった。
後藤と長谷川。北のアパートを訪ねた。
2008年7月、北は電車のホームで市子に会い、市子が「花火が好き!上を見ると安心する」というから「花火をみよう」と約束したがダメになった。9月に会って「次は一緒に行こう」と誘ったら「いつかね」と答えた。その時、大粒の雨が降り出したと話す。市子の2008年7月と9月の変化、何があった?
川辺とは高校で出会って、敵になって、そのあと市子がいなくなったという。後藤が長谷川に「水嶌正夫と自殺で名前を変えたらしい」と囁いた。何故戸籍取得支援団体を訪ねたかには「彼女を探していた、名前はその後で知った」と答えた。長谷川は座布団の並べ方から「ここに市子がいた」と感じ、次の間を開けたがいなかった。
長谷川はアパートに戻り市子が置いて行ったバッグを開けた。そこで病院カードと市子、月子、父母の家族写真を見つけた。
長谷川は再度、北を尋ねた。
長谷川は「市子を捜す同志だ!」と説き、市子に何があったかを問い質した。
北はあの日(9月)雨に打たれ「全部流れてしまえ!」と叫ぶ市子を目にしたという。
それから市子をアパートに送っていき、帰り始めたが、市子を迎える小泉の様子が気になって引返し、窓超しに家の中を覗くと小泉が「いろいろ医療機器など面倒見てやった。俺の全てをお前が無駄にした、お前ら親子は悪魔だ」と市子を襲った。北は部屋に入ると市子が小泉を刺していた。北は「俺がお前を守る!」と言い、ふたりで小泉の遺体を踏切に運び列車事故に見せかけた。そのあと市子は消えた。北が「絶対警察に言うな、俺が捕まる」という。長谷川が帰り際、北が「あんたは受け止められん、川辺は俺にしか助けられない」と言い放った。
2010年の年末、北は偶然ケーキ屋で働く市子に出会い「市子を守る」と伝えたが「夢のある市子として生きる。昔の人とは関りたくない」と北の申出を断った。北は「お前は悪魔だ」と別れた。
北のところに自殺願望の北見冬子(石川瑠華)が市子の紹介だと訪ねてきた。ふたりは車で海辺で待つ市子に会った。
2015年、秋。長谷川は市子が家族写真の裏に書かれた住所の島を訪ねた。
大声で喧嘩する男女を見た。近づくとなつみだった。海岸に走るなつみを追った。川辺が「なつみさでんすね?」と聞くと、「違います」と言うので「山浦なつみさん?」と聞くと頷いた。長谷川が「市子と交際しているものです」と話を切り出した。
小泉はなつみの恋人だった。市子は探しても喜ばないという。あの子の唯一の血統者だがもう遅い、どうにもならなかった。もう二度と尋ねてこないでと言った。長谷川は遺骨のことを教えて欲しい、知って市子に会いとお願いした。
なつみが語った月子最期の顛末、
2008年8月、暑い日だった。なつみは月子の介護を市子に任せて仕事に出た。市子は月子の気管清掃を終えて月子の顔を見ていた。月子が請うように見えて酸素呼吸マスクを外した。なつみが帰宅したとき市子は自失喪失の状態だった。「ありがとう」と市子に感謝した。市子は「もう限界だった」と泣いたという。
長谷川はなつみの話を聞き終えて、海の波を見ていた。スマホで「海岸で男女が乗った乗用車が発見された」というニュースを見た。
フェリーが島を離れる時、なつみが岸壁に見送りにきていて何度も何度も長谷川に頭を下げていた。
長谷川は市子と祭りで出会って焼きそばを一緒に食べ、これが契機となり一緒に過ごし、結婚届を出そうとして泣いた市子を思い出していた。市子は一緒に居れる普通の人の幸せがうれしいと喜んでいた。
海の波、ラフは黒いワンピース姿で鼻歌を口にして閑散とした住宅街を歩く、無表情な市子。市子がなにかを見つけたようだった。
まとめ:
現在と過去を行き来しながら、市子は何者か、何故市子は失踪したのかが明らかになり、市子の凄絶な過去は現代社会の歪が原因で彼女には責任はないが、これをすべて受け入れて懸命に生きようとする姿が明らかとなってくるストーリー展開、すばらしかった。リアルに感じられるところが凄かった!
市子が犯した月子と小泉、北と冬子を殺害した罪をどう罰するかと、涙した。
なつみは月子の父親・山浦と結婚したとき市子を身ごもっていて、市子は前夫の子(300日問題)となる。なつみは暴力夫に渡したくないと市子を無戸籍にした。市子は籍がないため月子になりまし入学した。なつみは離婚し、ダウン症の月子介護のため小泉を恋人にして自宅で会っていた。家族は貧困にあえいだ。市子は月子の介護(ヤングケアラー)を担当していた。小泉からの性暴力にもさらされていた。
市子を演じる杉咲花。冒頭の彷徨する姿、結婚すると告げられ喜びに泣き、高校生での突っ張った演技から小泉を刺し殺し呆然とする姿、・・すべてが市子に恣意されたようで凄かった。なかでも雨に打たれて「全部流れてしまえ!」、そして月子の酸素呼吸マスクを外し、心音エコーが消えたときの表情。もうこれは演技を超えていた!
長谷川役の若葉竜也。自然で全てを受け入れる包容力のある演技が市子の強い生き方をうまく引き出していたように思う。
市子のような境遇にある人を、全部でなくていい、見かけた記憶があると絶対に自分を強くする。意義のある作品だった。
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