「アズミハルコは行方不明」「くれなずめ」の松居大悟監督作、オリジナル脚本ということで楽しみにしておりました。タイトルから「くれなずめ」の類?と思っていましたから、観てびっくり!まさにこれまでの作品と異なって“人生“を描くという大作で、すばらしかった。
ロックバンド「クリープハイプ」の尾崎世界観さんがジム・ジャームッシュ監督の映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1992)に着想を得て書き上げた新曲「Night on the Planet」に、松居監督がインスパイアされて出来上がったオリジナルラブストーリーとのこと。ややこしい!(笑)でもとてもよく出来た脚本で、観た人はきっと泣きますよ!映画は未見です。2021年・第34回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、観客賞受賞作です。
監督・脚本:松居大悟、撮影:塩谷大樹、美術:相馬直樹、編集:瀧田隆一、主題歌:クリープハイプ。
「ちょっと思い出す」どのシーンも映像がすばらしい!こんな美しい写真が撮れるのかとこれもびっくり!尾崎さんはミュージシャンとして出演しています。
出演者:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、大関れいか、屋敷裕政、市川実和子、國村隼、永瀬正敏、他。
あらすじ:
怪我でダンサーの道を諦めた照生とタクシードライバーの葉を軸に、様々な登場人物たちとの会話を通じて都会の夜に無数に輝く人生の機微を、繊細かつユーもラスに描くというもの。(映画COM)
感想(ねたばれ:要注意!):
あらすじでは何のことだかわかりませんから(笑)、ネタバレしながら、感想を述べます。
2021年7月26日。佐伯照生(池松壮亮)の誕生日。コロナ禍の中、照生のかっての恋人でタクシー運転手の野原葉(伊藤沙莉)はしっかりマスクをして仕事中。女性客を乗せると「死にかけたの!辛いの!」と漏らす。葉が「死んではダメです!」と諭すように物を言う。葉は若いけれど苦労したという雰囲気がある。何があったか?伊藤さんがこの役によくハマっています。彼女は「ドライブ・マイ・カー」(2020)の三浦透子さんに似た雰囲気はあります。この役は当初、男性であったものを伊藤さんの意見で変更されたそうです。女性にしたことでこの作品は生きていると思います!
照生はこの日、朝起きると窓を開け、植物に水をやり、猫に餌を与え、ラジオをつけて踊るような体操をする。この一連の動作は照生のルーチンワークになっている。(笑)
今日はコロナ禍でわずかな観客だか公演がある。アパートを出て、階段を下り、角の地蔵に礼をして、いつも椅子に座って誰かを待っている男・ジュン(永瀬正敏)に挨拶して劇場に急ぐ。これもルーチンワーク。(笑)
劇場では照明係としてダンサーにスポットを当てていた。公演が終わると劇場をきれいに消毒し、舞台に上がって、「踊れるかな?」と体を動かしていた。
夜になって、葉が男性を乗せて走っていると、「トイレを捜して!」と言われる。劇場前で止めて男性を降ろし、ポスターを見て中に入ると、誰もいない舞台で踊りを稽古している照生を見た。そっとそのまま車に戻り・・。
ここからふたりの6年間の誕生日の「ちょっとした思い出」が語られる。
1年目前の誕生日
この日、照生は仕事がなく、いつものルーチンワークもせず終日寝ていた。葉は運転席と客席の間に感染防止膜を張って待機していたが全く客がなかった。コロナ禍で作った作品という現実がしっかり見え、「ちょっと思い出して」とコロナ禍の記憶が残る作品になりましたね!
2年前の誕生日
照生は起きてルーチンワーク。そにとき、猫がいたずらしたバックを開けると、葉からプレゼントされたパレッタを見つけた。それで理髪で髪を切ってもらった。髪を切るというのは、葉とに別れを引きずらない決心のためだった。このあと、アルバイトでクリープハイプのステージ照明を担当していた。
この決心を思い出すことで、“今の自分がある”と確認できる。
葉は乗せた女性客から「仕事を紹介しようか?」と問われた。葉は「この仕事が好きだから!」と断った。「好きなところは?」と問われ、「お客さんに決めてもらってそこに行くこと」と答えた。仕事への愛着が強くなっていた。
照生はダンサーの泉美(河合優美)に誘われて、バー“寄木”で飲みながら「足を痛めて踊れないが、踊りにかかわれる照明でやっていく」と決意を話した。店を貸し切り、店主の中井戸さん(國村隼)や客も加わって、誕生日を祝った!途中、トイレでバレッタを取り出して見た!席に戻ると、中井戸さんが「男はみんな夢に恋している!ケーキを食べろ!」と勧めた。照生はこの言葉が気にいった。一緒にいた友人の康太(屋敷裕政)が泉美を射止めた!(笑)
葉も仕事を終え、居酒屋で飲んでいた。合コンと一緒でうるさい。ちょっと店を出て、外で休んでいる男にライターを借りてタバコに火をつけた。こんな縁で男にせがまれて「私は返すかどうかわからない」と断ってライン交換をした。(笑)男が「猫飼っているのか?」と聞く。「今はいない」と言うと「引きづっているね」と返してきた。(笑)うまく書けないですがとても情感のあるセリフになっています。
このころのふたりは、ともに別れた苦しみを引きずりながらも、前に進みだしていた。
3年前の誕生日
照生は飲んだ後始末もせず寝た部屋で目覚めた。そこに葉の姿はなかった。いつものルーチンワークなく、照生は怪我で足を引きずって稽古場に出勤。葉がタクシー車で迎えにきた。葉は「一緒に考えよう。私が支える。元に戻らなくても楽しく過ごせる」と切り出すが、照生は「意味が分からない」と葉の気持ちを受け付けなかった。照生は踊る夢を捨てることはできなかった。照生は車を降りた。葉は誕生日のケーキを渡して車を発進させ、「追ってこないのか!」と最後まで諦められなかった。照生は道端でケーキを食べた。
残酷な別れになったが、ここに残された気持ちを思い出し、今を生きる糧にしていた。
4年前の誕生日
ふたりは抱き合って寝ていた。眠るのが惜しい!「3丁目の前で会おう」と足で相手の足を探る。こんなセリフと映像が斬新だ!
朝、照生が目覚めるとバレッタが置かれていた。葉からのプレゼントだった。ふたり一緒に朝のルーチンワーク。ふたりでアパートを飛び出し、ここもいつものルーチンワーク。しっかりと地蔵に手を合わせ、ベンチのジュンに挨拶。水族館でのデート。幸せいっぱいの一日。滅茶苦茶に絵が美しい!!
5年前の誕生日
タクシー車を回送表記にして、照生を乗せてアパートに急ぐ葉はうれしくて仕方がない。伊藤さんの演技がすばらしいです!アパートに戻り、屋上で花火(これ大丈夫なの?)、夜景を眺め、愛を誓った!映画「ナイト・オン。ザ・プラネット」を観ながら、バースデーケーキを食べた。葉は「人生計画はない。が、映画スターにはなれない。(笑)子供が欲しい!一番好きなものは植物!気持ちを伝える言葉が少ない!」と照生に伝えた。顔にケーキをつけて舐め合うふたり!
6年前の誕生日
葉は花束を持って照生のいる劇場に飛び込んだ。公演が終ったところで、照生が優美から花束をプレゼントされる姿を見て、引返し、車の中で弁当を食べた。そしてバー寄木で「これ以上待たされると誕生日はしない!」とヤケ酒。(笑)店主の中井戸さんが「心は言葉にしたらすぐ壊れる!あなたが決めることでない!」と話す。
葉は照生のアルバイト先の水族館に押しかけた。照生は掃除中で汚れた手で「どうした葉ちゃん」と顔を触る。(笑)葉は中井戸さんからもらったピロピロ笛を誕生祝いにとプレゼントした(笑)
ふたりはタクシーで帰る途中、運転手さんに車を止めてもらって、愛を傳えた!このシーンも映像が美しい!
ふたりの出会いは照生が振付した「夢を信じてこの街に生きる」がテーマのダンスを、葉が生意気に「ダンサーの踊りはいいが、雰囲気が会ってない」と批判したことだった。恥ずかしくなって席を外した葉を「バッグ!」と追いかけてきた照生。。葉は笑いながら「踊りみて!」と踊り、ふたりは道化て踊りながら街を歩いた。このシーンも美しい!ふたりの出会いは「夢」だった。
2021年の誕生日
冒頭シーンに戻る。トイレから出た客が「出口が分からない」というので照生が案内して外に出たところで、タクシーの中にいる葉に気付いた。葉は客を乗せ、車を発進させた。ふたりの目に涙があった!
照生は中井戸さんの店で、誕生ケーキで祝ってもらって、アパートに戻った。
葉は仕事を切り上げ、ケーキを買って「今日もダメだった!」と帰宅。赤ちゃんを抱く夫が「ケーキどうする?」と聞くので「明日にする」と返事した。葉は照生の誕生日をちょっと思いだしたが、もはやそこに未練はない!この夫と子供のために走り続けるタクシードライバーの顔だった!
まとめ:
ラブストーリー。と言っても別れから始まって出会いに戻るラブストーリー。おそらくこんな作品、初めてではないでしょうか。初めて出会うシーンまで行って、現在に戻る。これはもうクリストファー・ノーラン監督の名作「メメント」(2000)です!(笑)
なぜ逆にしたか?恋愛して一緒になれなかったが、失敗したから今があるという人生賛歌になっています。ちょっと1、2、3、・・・年前の誕生日のことを思い出して、年々わずかであっても進歩が見えて、今の自分をもう一度確かめる、そんな作品です。
今悩んでいる人、必見の作品です。
「人生は願望!願望が人生を決める!」(映画「ライムライト」)というチャップリンの有名な言葉があります。本作はこの願望、夢の持ち方を描いています。そして男性と女性の夢の持ち方に違いがあるというのが面白い。
照生は踊りを諦められないが、葉は生きる目的を見出していく。中井戸さんの「男はみんな夢に恋している!」は至言。映画「怒りの葡萄」(1939)にも、機械化で農地を追われ絶望する夫に、妻は「男より女の方が見切りがいい。男は人生を区切って考える。女性の人生は川だよ!途中に渦や滝があるが流れを止めることは出来ない。女性はそう考える」と訴えるシーンがあります。
結婚して、主夫となった夫を支え、自分の命より大切な子供の成長を見守る葉の幸せな姿に、女性の「柔軟で現実的な夢の選択」を見る思いでした。
「照生が振り向いてくれない」と焦る葉に、中井戸さんが諭す「心は言葉にしたらすぐ壊れる!あなたが決めることでない!」というセリフ。これ最高ですね!
主役の池松壮亮さんもよかったけど、伊藤沙莉さんでしたね!照生に出会ったときの仕草の可愛らしさ!ところが、しっかりした考えをもっていて、強い女性に変化していく。すばらしい演技、声が魅力的ですね!一度聴いたら忘れられない。
ベテランの國村さん、永瀬さんの凛として男の夢を追う姿。画面が締まります。
なんども言いますが、すばらしい映像でした。本作、松居大悟監督の最高傑作でしょう!
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