ゴヤの名画「ウエリントン侯爵」を盗んだ泥棒(実話)ということで、WOWOWで観ました。
監督:名作「ノッティングヒルの恋人」(1999)のロジャー・ミッシェル(2021年9月死亡65歳)、脚本:リチャード・ビーン クライブ・コールマン、撮影:マイク・エリー、美術:クリスチャン・ミルステッド、衣装:ディナ・コリン、編集:クリスティーナ・ヘザーリントン、音楽:ジョージ・フェントン。
出演者:ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、フィオン・ホワイトヘッド、アンナ・マックスウェル・マーティン、マシュー・グード、他。
物語は、
1961年に実際に起こったゴヤの名画盗難事件の知られざる真相を描いたドラマ。
1961年、世界屈指の美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。この事件の犯人はごく普通のタクシー運転手である60歳のケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)。長年連れ添った妻ドロシー(ヘレン・ミレン)とやさしい息子ジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド)と小さなアパートで年金暮らしをするケンプトンは、“テレビで孤独を紛らしている高齢者たちの生活を少しでも楽にしよう”と、盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。
「誰が、何のために、いかにして盗み、事件の結末はどうなったか?」が、バントンのユーモある言動・行動で展開する犯罪・裁判劇ですが、ちょっと泣かせる夫婦・親子の物語になっています。
本日のニュース、「環境活動家によるゴッホ代表作“ひまわり”へのトマトスープ投げつけ事件」が報じられていますが、この作品がヒントになったかと思いましたが(笑)、この行為には市民が声を上げる快哉、ユーモがない。そこが本作との違いで、テーマです。
あらすじと感想:
冒頭、ゴヤの「ウエリントン侯爵」盗難の罪でケンプトンが起訴された裁判から物語がスタートします。判事の「犯罪を認めますか?」「市民の鑑賞機会を奪ったことを認めますか?」の問いにケンプトンはこれを否定した。これに対して 判事はスカッシュ検事に反論を求めた。さて検事の反論は、・・。
半年前にさかのぼる。
初老のタクシー運転手ケンプトンは読書家で戯曲を書くのを趣味とし、ユーモアを愛し皮肉屋で口達者。自称シェイクスピアをめざしている。(笑)妻ドロシーには内緒で、交通事故で亡くした娘を題材に戯曲を書き出版社に送り続けていた。
そんなケンプトンだから有料のBBCのTV番組を見たい。しかし、金がなく闇で見ていた。そこに不法視聴者監視官に踏み込まれた。ケンプトンは「BBCを観る部品は外してある」と言い「TVは現代の孤独の薬だ。我々年金老人にBBC番組を無料にせよと政府に働きかける!」と理論整然と抗議したが(笑)、「例外は認めない」と12日間の刑務所送りとなった。それにしても13日間の拘置とは長い!(笑)
このころ、ゴヤの名画「ウエリントン侯爵」がオークションにかけられ、国がこれを14万ポンドで落札した。この落札がTVニュースで流れた。ケンプトンは出所して妻・息子と食事しながらこのニュースを観た。
ケンプトンが「この絵の代金を払ったのは我々の税金だ」というとドロシーが「いつ税金を払った?」と嫌味を言う。「きつい1発だな!」とケンプトン。(笑)
ケンプトンとドロシーは娘の死を境に水と油の関係になっていた。
ケンプトンは「我々が苦労して稼いだ金を出来の悪い絵を買う。ウエリントンは議員になって普通選挙に反対した人物だ。絵の値段で戦争未亡人や年金受給者に受信許可証を出せた」と息子ジャッキーに語った。こういうケンプトンの言い草が笑える!船大工になりたい夢を持つ息子ジャッキーは廃船を修理して金を稼いでいた。
ケンプトンは稼ぎが悪いとタクシー会社を首になった。というわけで息子ジャッキーと街頭で「年金老人が無料でTVを観れる」募金活動を始めた。しかし、成果があがらない!
「そんな嘆願署名や戯曲書きは刑務所で書きなさい」という妻ドロシーにコーヒーを出して説得し、2日間ロンドンに出て嘆願運動をすることにした。
ロンドンで新聞社や役所を尋ねるが鼻にもかけてくれない。
朝刊で「昨夜、ゴヤの名画「ウエリントン侯爵」が盗まれ、犯人は専門技術を持っていて国際的犯罪組織」と報じられていた。(笑)
ケンプトンが帰宅すると、その絵があった。息子ジャッキーが盗み出したという。ケンプトンは慌てたが「盗んだ目的が慈善よりアートを好む人々の金を盗むこと、ロビンフッドと同じだ」と額枠をはずして箪笥にしまい込むことにした。問題はドロシーに見つからないことだった。(笑)
ケンプトンはパン屋に努めることにした。しかしこれもちょっとしたお喋りで首になってしまった。これもドロシーに隠さねばならず、図書館で本を読んで、パンを買って帰宅する毎日。(笑)
ニュースは「情報提供者に5000ポンドの懸賞金が掛けられた」と報じていた。
息子のジャッキーが「懸賞金を貰う」と言い出した。ケンプトンは「バカもん」と言い聞かせ、夜ちょっと出てくると隣町へ出かけ、警察に嘆願書「絵の値段は14万ポンド。銀行に預ければ10%の利子が付く。年間3500件もの受信許可書に充てられ人々の孤立を防止できる」を送った。
警察は鑑定専門家による嘆願書の判定「イタリア人で教育程度が低い独学者。理想主義のつもりの空想家、ドン・キホーテ」に基づいて犯人を追っていた。(笑)
家を出ていた長男・ケニーが警察沙汰で追われ、彼女・パロメを連れて家に戻ってきた。このふたりが箪笥にもたれてセックスしたため、「ウエリントン侯爵」が出てきた。(笑)
ケンプトンはやり手のパロメに「懸賞金の半分を寄こせ!」と脅され、ギャラリーに戻すことにした。ところが支度中に妻のドロシーに見つかった。ドロシーは「家庭崩壊よ!」と台所に逃げ込んだ!
ケンプトンは「俺がやったこと」と全責任は俺が取るとジャッキーに言い聞かせ、ギャラリーに返却した。弁護士・ジュレミー・ハッチンソンの弁護で法廷に立つことになった。
ハッチンソンは「検事・スカッシュは強敵だ。推定有罪がモットー、あなたはほぼ有罪になる」という。(笑)
裁判が始まった。戦後最も注目される刑事裁判の一つということで、多くの法廷傍聴人が集まった。
息子のジャッキーが母ドロシーに盗んだと告白した。
以下冒頭シーンに繋がる!
ケンプトンのとぼけた迷回答で判事は混乱、傍聴席からはすごい拍手だった。一例を書いておきます。
Q:生まれは?
ケンプトン:裏の病院だ。(笑)
Q:ニューカッスルの母上の家は?
ケンプトン:バイカーだ。ニューカッスルが犬なら尾を上げて、その穴がバイカーだ。(笑)
機知にとんだ、とんでもないケンプトンの証言で傍聴席が湧く!ケンプトンは犯人が息子であることを悟られないよう庇い続けた。
ハッチンソン弁護士が「隣の男が草刈機を借りて、返すのが遅くなった。彼は社会の弱者に利益をもたらしたいとゴヤの絵を手にし、自ら返却した。遅かっただけです。返却はだれで遅れかちになる」と弁護した。(笑)12人の陪審員全員によって、無罪が決定した。これに傍聴席から大拍手が送られた。
息子ジャッキーは良心の呵責に耐えきれず、4年後、「自分が盗んだ!」と警察に申し出た。しかし、警察は「親父さんと二度と戦いたくない、この件は誰にも話すな!」でお咎めなしだった。実は警察の捜査ミスが公になるのを恐れたのだった(笑)
まとめ:
「NHKの受信料を払いたくない」を代弁してくれているような作品。(笑)犯罪ではあるが、ひとつの理屈が成り立ち、ユーモアがあって、英国人らしいと思いました。
判決は無罪だった。公共放送無料化には繋がらなかったが、それでも市民の力で勝ち取った“無罪”だった。BBC視聴料の無料化は2000年だそうです。
恐らく基となった犯罪史は味っけないものだったが、社会の弱い立つ場にあるわけあり家族を上手く絡ませ、とても泣ける家族ドラマに仕上がっている。これはロジャー・ミッシェル監督の手腕、すばらしいです!
名もなき老人ジム・ブロードベントの穏やかにしてしたたかに吐き出す圧巻の毒節に笑いこけました。そして妻のヘレン・ミレンといがみ合っているようで思い合っている、おふたりの絶妙な夫婦関の演技に酔いました。(笑)
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