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「月」(2023)映像で見せられる狂気に耐えられなかった!なぜこうなった?

相模原障害者施設殺傷事件(2016)をモチーフにした作品。この事件はまだまだ生々しく記憶に残っている。何が描かれたかと出かけました。

原作:芥川賞作家の辺見庸さんの同名小説、未読です。

監督・脚本:舟を編む」の石井裕也撮影:鎌苅洋一、編集:早野亮。

出演者:宮沢りえ磯村勇斗二階堂ふみオダギリジョー、他。

物語は

夫と2人で慎ましく暮らす元有名作家の堂島洋子(宮沢りえ)は、森の奥深くにある重度障がい者施設で働きはじめる。そこで彼女は、作家志望の陽子(二階堂ふみ)や絵の好きな青年さとくん(磯村勇斗)といった同僚たち、そして光の届かない部屋でベッドに横たわったまま動かない、きーちゃんと呼ばれる入所者と出会う。

洋子は自分と生年月日が一緒のきーちゃんのことをどこか他人だと思えず親身に接するようになるが、その一方で他の職員による入所者へのひどい扱いや暴力を目の当たりにする。そんな理不尽な状況に憤るさとくんは、正義感や使命感を徐々に増幅させていき……。(映画COMより)


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あらすじ&感想(ねらばれあり:注意)

冒頭、言葉を使えない一部の障害者は声を上げることができない。ゆえに障害者施設では、深刻な問題が隠蔽されるケースがある。かってあったことはこれからもある(聖書)と字幕がでる。障害者施設の闇を描き、この種事件が2度と起きないために考えて欲しいと訴えた作品です。

夜間、女性がずたずたに割かれた線路を歩きトンネルに近ずくとドドドの音で先に行けないシーンが映し出され、何のことか分からないが、物語が進むにつれ分かってきます。

堂島洋子は夫・昌平(オダギリジョー)にばっさり髪を切ってもらって、精神障害者施設“三日月園”に勤務する決意をした。ふたりは向かい会わないで横に並んで朝食をとる。ふたりにとって3歳の長男・翔一を心臓病で会話もできず寝たっきりで亡くした悲しい記憶があり、お互いにまだ向き合えないらしい。でもちょっとお茶目な夫です洋子が筆を折って施設で働くのは、編集者の意見に負け、自分の小説が書けなかったことだった。夫には隠しているが妊娠している。昌平はパペットアニメーション作家だがまだ作品を世に出していない。アルバイトでマンションの管理人補佐として働いている。昌平は妻のことを師匠と呼ぶ。(笑)

初っ端から短い髪、メイクなしの宮沢りえさんの佇まいに圧倒されます

この作品は観る人によっては誤解を与えかねない!それだけに責任が求められる作品です。その決意が伺える演技でした。

洋子が施設に出勤し、施設内を歩くいろいろな障害者に会う。この人たちは正真正銘の障害者。観る人がどんな感想をもちますか?これこそがテーマです!

 陽子が明るく「お待していました!」と洋子を担当のきーちゃんの個室に連れていく。このテンションが高いところに陽子の個性が現れている。はっきり意見を言う。すべてに批判的だ。(笑)陽子の家庭はクリスチャン。父が厳格な人で陽子はよく殴られたようだ。母は「名誉ある仕事についた」と褒めるが陽子は「とんでもない施設の実態をしらない人」と軽蔑している。

ハーモニカの音がする。吹いているのは“さとくん”。明るい普通の青年だ。絵が特異で紙芝居を作って患者たちを喜ばせようとする。どんな家庭で育ったかは分からない。聾者の彼女・祥子がいる。入れ墨があり薬タバコを吸うが分からないようにしている。施設の仲間からは「あまり仕事をするな!迷惑だ!」と煙たがられている。紙芝居「花咲かじいさん」では「ここ掘れワンワンで、意地悪じいさんが犬を鍬で殺して臭い汚いものがザックザックでてくる」というシナリオだった。

原作はきーちゃん目線で描かれているらしい。映画では洋子、昌平、陽子、さとくんの目線で描かれる。さとくんは実犯人の植松聖をモチーフにしているが事件を社会の在り方、人間の尊厳性視点で描きたいという監督の狙いで、他の3名は創作キャラクター。事件の背景がどう浮かびあがってくるかが面白いところです!

洋子は喚く患者を“殴って”部屋に押し込め鍵を掛けるのを目にする。「ここのやり方だ」と職員は気にもしない。これを映像で見せてくれるがいい気持ちはしない。洋子はこんな仕事しかないのかと嫌な気分になる。

洋子が陽子の行う胃ろう処置につき合う。洋子は息子・翔一の胃ろう処置を思い出し辛くなった。陽子に気を許して夫に明かしてない「一度あることはまた起きるかもしれない。心臓疾患のある子が生まれるのが怖い」と話した。

洋子は陽子とさとくんと気心が知れるようになり、三人で話すようになっていった。

陽子は「本当のことを言うとここの仕事は辛い!きーちゃんはここにきたとき目が見えていたが痙攣が落ち着くと暗い部屋に閉じこめた。そのことを隠蔽している。この施設は隠蔽だらけだ」という。さとくんはこんな陽子に「小説のコンクールに落ちて心配だ!」と言い、陽子を庇った。

洋子は陽子とさとくんを家に招いてご馳走した。

昌平はさとくんの描く絵が気にいって「みごとな絵だ、才能がる」と褒めた。さとくんは昌平のペペットアニメを見て「海賊のシーン、悪い奴らを海に投げ捨てるシーンがいい」という。そして海に投げ捨てる音。死体の首に掛けられた縄、これが頸骨を砕く、その音がいい。匂いもすごくいい。糞を巻き散らしてしまう。死ぬときの音がいいんですと話す。さとくんは壊れていると、このセリフを聞いた時震えた!

陽子は洋子の小説が好きだと言い、酔っぱらっていたが、洋子の小説にはきれいごとが多いと批判した。震災を扱っているのに向き合っていない。匂いが臭かったとは書いてない。夜の遺体に被さり指輪を抜いていたのを見た。都合のいいように書くのは最大の悪意だという。そして「新しく出来た子供はどうしたんですか?堕したんですか」と聞いた。陽子も壊れていると思った。

ふたりが帰った後で、洋子は昌平に「あの子が嘘ついている」と謝った。

洋子は昌平を翔一の墓参りに誘って妊娠していることを伝えた。昌平はとても喜んだ。ビル管理の仕事にも励みが出たようだった。

洋子はきーちゃんの部屋の窓の覆いをカッターで切り取って外し光をいれ、「何がみえる」と話し掛けた。目で見れなくても心で感じると!自分は翔一が亡くなって何にも見えなくたっていたことに気付いた!

陽子は“粗大ごみ専用シール”を貼りながら「少し分かってきた!ここは正常なことが異常です。ここの障害者は幸せですか?」と言い出す。

さとくんは仲間に「余計なことするな!仕事が増える」と紙芝居を破り捨てられた。さとくんは紙芝居を止めることにした。

施設長が立入禁止にしている高城の部屋で大きな音がする。洋子、陽子、さとくんが駆けつけた。ドアを開けると臭いが凄い。さとくんが「見るな!」とドアを閉め中に入って高城の姿を見た。頭から糞まみれで手淫をしていた。高城の目ん玉にさとくんの顔が写っていた。

この姿を見てあなたは何を感じるかと迫られる!「見ておれなかった!」

 控室に戻ってきたさとくんが洋子に「洋子さんと僕は同じです。洋子さん無駄な者はいらない!お腹の子」と声を掛けた。洋子は「意味が分からない」と受け付けなかった。

洋子は昌平とともに産婦人科病院に出向き診断を受けた。昌平は「子どもに異常がある場合99%中絶をする」と話した。

洋子は「私たちの心に隠された言葉を書きたい」と昌平に打ち明けた。昌平は喜んだ。昌平は「出生前診断をするかどうかは君の意思を大切にする」と伝えた。

洋子は「私はここにいる。存在している。何も分からないときも存在している。人間として存在している。私は人間のはず、同じ人間のはずだ。目が見えなくても世界が見える。耳が聞こえなくなくても音を感じられる。私はここで孤独を感じながらひっそりと存在している、すべての人と同じように」と書き始めた。

洋子が部屋できーちゃんに「傍にいるよ!」と話しかけていると母親(高畑淳子)が見舞にやってきて「話したでしょう、私もよ」と声を掛ける。

さとくんは陽子に「人間の心がないのはいらない!」と問い掛けた。陽子は「ここでの問題は闇があること」と答えた。さとくんの世界はもう別次元だった。

さとくんは「心のないやつを殺すには力が必要」とボクシングを始めた。

洋子は施設長にさとくんのことを訴えた。施設長は「そんな職員はいない。君は非常勤だぞ」「彼も間違っていたとか言っていた」という。

洋子はさとくんを捕まえ説得しようと試みた。さとくんの他にもうひとりの本音の自分とも戦わねばならなかった。長セリフの迫力のあるシーン。狂った高城の映像を見ているだけに、さとくんのセリフが胸に刺さる!「生産性のない障害者を安楽死する」「意味のないやつは殺す」「心のないやつに生きる価値なし、不幸を生みます」「障害者はもの、存在させているだけ」「誰も来ない、家族も来ない」「洋子さんも同じ、生まれる子を排除する」。

洋子は所長に「さとくんは世の中をよくするために障害者を殺すと政治家に手紙を書いた」と報告して家に戻った。さとくんは処置入院ということで2週間拘置された。陽子は「私より真っ当な人だと思っていた」と洋子に話した。

さとくんを迎えたのは聾の祥子だけだったさとくんは祥子に「お前には聞こえないか、俺は本当にやる!」と呟いた。

さとくんは昌平の職場にやってきた。酒を呑みながらさとくんは「昌平さんは能力があるのに認められない。あのような人たちは排除すべき、あなたの息子さんも排除された。助からない人にのうのうと税金を使っている」と言った。昌平は「俺の息子は排除ではない、必死に生きていた!君は生きるということを知らない」とつかみ合いの喧嘩になった。

さとくんはナイフ、包丁などしっかり準備し、施設に忍び込み、計画実行に移った。扉を開け「心がありますか?」と聞き、答えられない者は切り捨てた。手伝ってくれ!と陽子を連れ出し彼女に判定させた。陽子は「違う」としか返事しなくなり開放した。こうして19名を殺害した。

このころ洋子と昌平は昌平の作品がフランス映画祭で入選した祝いにと寿司屋に出かけた。懸案の「出生前診断」に結論を出すことにしていた。ふたりは店に入ってTVで三日月園の事件を知った。洋子は「やることをやる!」と駆け出した。

まとめ

社会の在り方、人間の尊厳の視点から相模原障害者施設殺傷事件を描いた本作。目も当てられない狂気の精神障害者殺人劇に堪えられなかった。ただただ脱力感で答えが見つからない。洋子と昌平夫妻が苦悩のなかで見つけた人間の尊厳。これが辛い施設の中で働く若者たちに伝授されれば施設環境は一変しただろう。精神障害者を人たらしめるシステムの見直しが問われる作品になっていた。

事件は森の中深くヘビが動き回るようなところに施設を設置し、その実態を隠してきた嘘が破壊したせいだと思う。嘘の積み重ねはいずれ破壊する。汚い!と見て見ないふりをしてきたつけの結果だ。弱者救済システムの根本的な見直し、そしてここで働く人に小さなことでいいから報われる社会であって欲しい。

我々は精神患者たちへの接し方からはじめなければどうにもならない。ラストシーンの洋子の行動。いくら立派なことを書き連ねてもどうしようもない。先ずは自分の問題として行動することだと思った。

よくぞこの難題テーマに石井監督が取り組んだと感嘆。演じるキャストのみなさんの嘘のない演技もすばらしかった

宮沢りえさんの障害者の身になって悩み苦しみ、「人とは何か」に到達し毅然とした姿勢で問題に立ち向かう演技に圧倒されます。が、妻を支えるオダギリジョーさんのほんのりとした優しさの演技、この人あってこそ宮沢さんの精神が侵されることなく真っ当に判断できたと思います。人間、孤独になってはだめだ!

これに対する磯村勇斗さんの明るい雰囲気の中に底知れぬ狂気を見せる演技がすばらしかった。10分にも及ぶ宮沢さんとの激論シーンがすばらしい、磯村さんの言い分に吞まれた。

二階堂ふみさん。現実を正しくとらえるがすべてが批判にしかならない。その苦しさ苛立ちをよく表現していた。この意地わるい演技がよかった!

この作品は深く胸に刺さり、これから答えを探すことになりそうです

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