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「アダマン号に乗って」(2023)まさか精神疾患施設とは、ここに求められるものを問うドキュメンタリー!

 

「ぼくの好きな先生」「人生、ただいま修行中」などで知られるフランスのドキュメンタリー監督ニコラ・フィリベールが、パリのセーヌ川に浮かぶデイケアセンターの船「アダマン号」にカメラを向けたドキュメンタリー

精神疾患デイケア施設、私には映画「月」(2023)のイメージしかない、一体どういう施設なのかと観ることにしました。3度寝落ちし、4度目で何とか感想を書き上げました。(笑)

冒頭で字幕“大切なのは余白を持つこと。余白がなければどこからイメージが湧くか?”(フェルランド・ドウリニィの言葉)から始まるドキュメンタリー。

この字幕に惹かれて最後まで観たいと思ったが途中で眠くなる。ずっと余白だった。(笑)

何の説明も、音楽もなく、雑音環境の中で、次々と登場してくる患者たちとスタッフ。患者とスタッフの区別もつかない、果たして彼らの言葉はどこまで信じられるのか?初心者には随分不親切な監督だなと思った。(笑)しかし、セーヌ河に浮ぶアダマン号が圧倒的に美しい、これ見ているだけで心が癒される。

 

ラスト近くで“この施設のすばらしさ”が新しく赴任する医師から明かされ、そういうドキュメンタリーだったのかと感動し、締めの字幕に納得しました。

物語は

パリの中心地・セーヌ川に浮かぶ木造建築の船「アダマン号」は、精神疾患のある人々を迎え入れ、文化活動を通じて彼らの支えとなる時間と空間を提供し、社会と再びつながりを持てるようサポートしている、ユニークなデイケアセンターだ。

そこでは自主性が重んじられ、絵画や音楽、詩などを通じて自らを表現することで患者たちは癒しを見いだしていく。そして、そこで働く看護師や職員らは、患者たちに寄り添い続ける。誰にとっても生き生きと魅力的なアダマン号という場所と、そこにやってくる人々の姿を、フィリベール監督によるカメラが優しいまなざしで見つめる。

2023年・第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、最高賞の金熊賞を受賞。2003年の「パリ・ルーヴル美術館の秘密」以降のフィリベール作品を日本で配給してきたロングライドが共同製作。(映画COMより)


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あらすじ&感想

冒頭、男性患者フランソワがテレホン曲だと断わり「人間爆弾」曲を熱唱する。実に歌が上手い、この人が精神病だというのが分からない。

歌詞は「人間爆弾は君が持っている。君の心の近くに起爆装置がある」「自分の人生を他人に任せたら終わり」「誰も自分自身を手放すべきではない」。ある種の狂気のある詩だ!彼の好きな詩だ。「薬さえあれば正常だ。ここに来る必要はない!」と病状を明かす。しかし彼はここにやってきて歌う。矛盾している!

これがこの施設の必要な理由、テーマだ

アダマン号は二階建ての木造建築の船

セーヌ河の川面に浮ぶラマダン号の影がゆらゆらと漂いながらその実態を現す。うつくしい絵だ!アダマン号は係留されていて、図書館か美術館のような外観をしている。特に窓に特色がある。カーテンが木製で作られ、飛行機のフラップ翼のように動いて光を取り入れる。これで絶妙の光量を取り入れる。

患者の1日は自分の1日の予定をスタッフとともに作ることから始まる。

 女性患者のミュリエルはスタッフとワークショップの「音楽、ラジオ、絵」参加とスケジュールを打ち合わせる。自分の意志で行動するようになっている。「新人にお会いたい」「サッカーの試合結果を聞きたい」と自分の計画で動き、ワークショップ“シネマクラブ”に顔を出す。

“シネマクラブ”の患者から10周年記念としの映画上映企画が示された。彼らが自主的に企画している。「1週間、テーマを決め1日1本、キャッチコピーは“よくも悪くも一緒に”だ。誰がどんな仕事をやりたいか話し合いたい」と告げられた。

ミュリエルがいかなる病なのかは明かされない。いまどういう状態なのかもわからない。観る人に任されている。ミュリエルは「早く医者に会いぶちまけたい。でもあまり話さないようにする。ここの活動に参加できなくなる」と嘆く。新人の人に話しかける。父も兄も死に今は母だけと“孤独”を嘆く!

 コーヒーを飲む男性患者。彼は「ガキの頃から映画を観ている。リノ・ヴァンチュラ、ミシェル・コンスタンタン。ここにはいい俳優がいるが本人に自覚がない。何故か?病気のせいだとは思えない」という。一体この人の病は何だ?専門家の悦明が欲しい!(笑)

アダマン号のカフェ。

患者たちが集まり店の売上を勘定し始めるなかなか売り上げ額とお金が合わない。(笑)アダマン号の運営にも、患者自身が関わっている。

絵を画く若い男性患者アレクミス

アレクミスは「ビザンツユスティニアヌス帝は大きな宮殿にひとりで住んで宮殿を守るために戦争を起こした。僕の物語では小さな戦争だ」と言い、このドキュメンタリーを見て小説を書き絵にするという。かなりの古代史マニアらしい。(笑)また、彼は赤い鶏冠で針や注射器を、禿げた男からミカンを連想する。厚い唇は言葉を伝える表現、ピュレで不安、死を連想するという。絵を通してスタッフと話すことでアレクミスの症状が分かるように思う。

自分が描いた絵を説明する若い男性患者

ファニーゼとシャザンヌのふたりの女性の絵。とてもシンプルな絵だ。スタッフの質問に答えながら描いた絵をひとつの物語にしていく。治療に一環だと分かる。

ギター演奏する男性患者。

「ギターを弾いて1日が始まると気分がよくなる」という。「朝、何をするかが一瞬できまる。写真家が一瞬を捕らえるのと同じ。ロベール・ドアノーが市庁舎前で恋人のキスを撮ったように、戦場記者が撮影するようにだ!」と言う。すごい知識の持ち主だ、この人も正常なのかどうかわからない!(笑)

“コロナワクチンについて”のミーテイング

スタッフが「社会と文化にそして心と体に如何なる影響があるか」を示し意見を求める。「身体がどうなるのかビデオを作って欲しい」「ワクチン薬の体への影響を知りたい」などの意見が提示された。「専門家を招いてワークショップを立ち上げる」で意見集約となった。患者たちの討議だとは思われない出来っぷり!

 ソニック・プロテスト”についての報告

ミュージシャンのプレディリは中年の紳士然とした知的な男で、患者とは思えない。「すばらしかった。現代ヒッピーらしい2日間を楽しんだ。自閉症の人々が雄弁に喋り価値観を覆させた。固定概念がひっくり返る」と説明した。また、プレディリは「ヴィム・ヴェンダース監督は自分を「パリ、テキサス」作品のモデルにしている」という。この話の真偽も分からない、解説が欲しいところだ!

ミシンを使う男性患者

スパイダーマンの“S”をミシンを使ってTシャツに縫い付ける男。この男はこのTシャツで船内を歩き廻る。

帰化した女性ナディアの受け入れ

スタッフが仲間にナディアを紹介。ナディアはフランス国歌を歌えないが、故郷の歌を唄って仲間に入れてもらった。仲間の勧めで「何かを書く」ことにした。

顔の絵を説明する男性患者

「これが目、髭、首」と説明する。鼻がちょっと大きかった。スタッフと会話すながら“こうなるべき鼻”という題をつけた。抽象的な絵だが説明としては見事だ!

息子を養子に出して精神不安定になった母親

「頭が混乱し育てられないと施設に預けられ、その後里親に引き取られた養子に会えるようになった。産んだときは周りの人が攻撃的で敵に見えたが、今は幻聴もなくなり、友達が救ってくれ、息子と話せるようカウンセラーも入ってくれるようになった」と喜びを表す。

絵のワークショップ

妊婦の女性患者はある抽象画を「幸せに溢れている。見たい形が全て入っている」と評価する。ミュリエルが「女性を感じる!解剖学的に女性そのもの、女性器よ!」と絵を指先でなぞって見せる。ミュリエルは自分の絵は雌のカマキリで“生と愛と死”を現したという。キリンを描いていてセバスチャンにカマキリに間違えられこうなったという。(笑)。

映画のワークショップ

カサブランカ」を観ての感想。老女の患者が「エバー・ガードナーはハンフリー・ボガードを愛していたのか、共犯的な関係だ」と言い出す。これに「映画の話かそれとも私生活か」と議論が起こる。(笑)こうして時が経っていく。

音楽のワークショップ

ピアノで「蘇る過去、この絶望に耐え続ける。誰も完璧でない」と弾き語りする男性患者。“人は完璧でない”の歌。歌詞はもう患者の域ではない!

ギターを弾く男性患者が「アニメの世界は消去と再生だ。魔法の杖は言葉として存在する。自分が持っていたらどうするか分からない。警官にあなたが殺したら30年刑務所暮らしだと言われた。銃を持っていたら隣人を撃っただろう。30年刑務所で暮らし被害妄想に駆られ何も考えられなくなる。だから薬を飲んでいる。飲まないと発作が起こり、何も分からなくなる」と言い「人が信じられない、今は身体が汚れていて水を浴びたい。本当に辛い、何年もの間、罵倒され続けてきた」と訴える。

これに他の患者が「テロを起こすのは精神病だからというのはバカげている。ここの患者はテロリストではない。自分も凄く不安定で傷つきやすい。問題は間違ったイメージが持たれていることだ。自分たちの表情が人と違うせいで好奇な目に晒されている。周りの物音にもの凄く敏感だ。雑音が怖い!物音を立てる人が怖い。首にクリスタルを付けて悪い波長を受けないようにしている」と悩みを訴える。

ワークショップ参加者全員で雑音を聞き堪える

 ここに「自由を失ったと、権利がない」と苦しむ患者がいた。

「夫は死んだ、ファハド王アビダッラーのために働いた。私はファハド王の建築デザイナーだった」という。

写真のワークショップ

カメラの扱いをスタッフから教わりながら、コロナの禍前と今の顔写真を撮り合う患者たち。

キーボードで作曲しながらプレディリが語る

「ヴィムはUCLAの学生であったA・ヴァルダンのように映画を撮りたがったが、飛行機で革命を逃れ、パリにやってきた。夢を追う者よ、諦めないで!」と“ドアーを開けて”の曲作りをしながら、自分史を語り、ジェラール・フィリップ、ジェームス・ディーン、ジム・モリソン等な何故事故に遭い不慮の死を遂げたか、その真実を知った。社会心理学的鍵を見つけたことでこの恐ろしい仕掛けを取が外すことができた」と言う。プレディリが正しいのか自分がおかしいのかと思った。(笑)

ミーテイングーの終了

来週からここに着任する精神科医サビーヌ・ベルリュールが「施設では気持ちが和らぐ、すばらしい場所にあると思う。そして欲求が叶えられる場所でもある。皆さんには存在したいという欲求がある。それが大切だ!」と挨拶した。

その後、皆でスーパーのgarbage boxを漁り、これでジャムを作って食べる。(笑)

スーパーの向かいのごみ箱に行って、外見は多少傷んでいても品質は問題なさそうなフルーツをゴム手袋で収穫し、みんなでジャムやムースを作って食べる。残りはそれぞれの名を付してカフェで売る。(笑)

身体を動かすワークショップでダンスを楽しむ

 その後、カフェでお金を払って楽しむ。ここでアルバイトもできる

 この日最後のミーテイング

映画祭の説明があって、「話がしたい」と映画「カサブランカ」を話題にした女性が、教える資格はないけれど元ダンサーで、身体を動かすことが大切だと、「ダンスのワークショップを作って欲しい」とひつこくスタッフに要求した。しかし、「資格の問題ではなく、やる人の問題がある」と却下された。

霧にかすむアマダン号。静かで美しい幻想的な映像だった。

まとめ:

アダマン号を訪れる精神患者たちの活動をだらだらと書きました。もっとまとめて文章にすれば良いのですが、患者たちが魅力的でなんとも捨てがたく、だらだらと書き連ねました。(笑)

これを纏めると

自分達の興味の物を書く、描く、歌う、演奏するという芸術活動、縫う、料理するという物を作ることで人と関わりながら生きる。あるいは正常といわれる人達の活動に馴染んでいく。その中での彼らの悩み恐れを知り、彼らの尊厳を認める社会であって欲しいと感じた。

個性的でこれが精神病患者だと分からない人が多かった。その教会は曖昧だ。また、治療に芸術が関わることの大切さを知った

締めの字幕

アダマンはパリを中心部の成人を受け入れるサン・モーリス病院付属デイケアセンターである。チームと患者の意見を基にセーヌ・デザインが設計。2010年7月に設立した。形式的な事務に追われて個を軽んじる世界にまだ属しない場所が存在する人間の言葉の想像力を生き生きと保つ場所である。

日本で心の療養施設というと人里離れたところに立地しているという印象だが、フランスのデイケアセンター・アダマン号はパリの中心地セーヌ川に浮かぶ木造建築の船で、まるで今時の図書館か美術館のような外観をしている。この姿を見るだけで我が国の施策の遅れを感じました。

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