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宮﨑あおいさんを応援します

「天地明察」(2012)

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江戸時代初期の改暦の史実を描くという意欲的な時代劇で、安井算哲(後の渋川春海)の科学者としての足跡、サブストーリーとして算哲の夫婦愛を描いています。
前段では当時の測地計測、天体観測、和算術などの時代考証がすばらしく、この時期の日本の科学文化の高さを知ることになり、後段では公家が持っていた暦の利権がこれを契機に幕府に移った経緯が楽しく描かれています。時代劇として見直しがあってもいいと思っています。

あおいさんは、しっかり者で挫折しがちな算哲(岡田准一さん)を“二十数年に及び”力強く支える妻“えん”を、うつくしい、凛とした妻としてうまく演じています。
鬘に着物では、もう彼女に敵う人はいますまい。すばらしい姿を見せてくれますが、これからのことについて悩みが見られる所見に注目です。(記事1)
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物語は、
江戸前期、鎖国後コぺルニクスの地動説や地球が丸いことさえほとんど知られていなかった。星空が今より神秘につつまれていたころ、天体の謎に挑んだ男がいた」のナレーションで始まる本作・・・

会津藩邸で、日時計で太陽を、夜は星空を眺める算哲。この人は、名門碁うち衆である安井家の二代目。
おもしろい設問だ出たと聞き金王八万神社(村瀬塾)にでかけ、絵馬掛けの算額絵馬で数学の問題を解く算哲。ここに、美しい娘さん(あおいさん)が庭掃除していて、「はばかりながら掃き清めなければいけないので(避けてほしい)」と声をかける。
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二人の初めての出会い。熱心に問題を解く算哲に「ではお好きにごゆるりと」。城覧碁参加のため急ぎ帰る途中、忘れ物で戻ってみると、すべての問題が関孝和により解かれていて驚く

江戸城、城内での城覧碁の日。本因坊道策と算哲の上覧碁。上様に碁の真髄を見せようと、禁じられている真剣勝負に挑む。算哲は天元に打ち込むと。皆が驚くなかで、将軍・家綱(染谷将太そうせい”と許可、なりゆきに興味を持つ。が、この時、「にございます」で勝負は中止になり、二人は「不吉じゃ」と上覧碁の約束をやぶったことで叱責される。

このことで、会津藩主保科正行から呼ばれ「初手天元には驚いた・・・・」と算哲の心得を聞き「藩邸に日時計をつくり励んでいるようだが北極星を見て参れ」との命がでる。日本各地から北極星を観測する旅。半年後に出発せいと、刀を授けられる。算哲は「碁打ちをやめろということか」と悩む。

算哲は、改めて絵馬に興味を持ち村瀬塾に出向くと、そこであの娘:えんに会い、「ここは私の家」だという。兄村瀬義益佐藤隆太)によると、えんは縁談をことわりすぎて行かず後家だという。
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えんは、「武士は嫌いか」の問いに、「武士はきらいではない、ソロバンがきらいで、刀もろくに使えない人がきらいなだけ」と言う。

ここで、関孝和はいかなる問題でも解いてしまう人だと聞き、彼の書物との出会が彼の人生を変えることになる。算哲は、えんに興味を持ったようで、二人のほのぼのとした恋心の演技が楽しい。

出立準備間、準備を人にまかせ、数学の問題を解くことに熱中。早速、神社に出向き、えんに会って、次の問題を掲げる。
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「なぜ、関さんの問題にこだわるのですか」と問うので、天体に関する問題だからと答え、「関さんがこの問題に解答したら預かっておいて欲しい」と依頼する。
「いつお戻りですか、長い旅になりますね」
1年後に必ず参ります」

江戸城で道策に会うと「あの時のことは後悔してない、初手天元は続きを打たねばならない」「星にうつつをぬかさぬように」と忠告を受ける。

雪の降るなか、隊長建部、副隊長伊藤のもと北極出地の旅に。碁を教えて欲しいと乞われるなど和気あいあいの旅。歩幅で距離を計測しながら観測地へ。当時の天体観測を再現しており興味深い「象限儀を整えて読め」の号令で観測。

北極観測では位置座標を予測し、結果と比較し当否を楽しむ習わしがある。熱田の観測では、算哲のみ当たりで「星の申し子か」と一気に注目される。どなたが先生かと問われ、星を見ることは山崎闇斎算術の師匠は関孝和と答える。
ぜひ関孝和に学びたいと言うので、出立前に作った問題を見せると「答えは、一つにあらず無限にある。誤問だ、しかしおもしろい」と指摘を受ける。
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えんに「誤問であるので、すみやかに取り外してほしい」と文を書き送る。
えんはこの文を見て「囲碁侍さんどこかに刀をおきわすれたのかな」と兄義益に話せば、「お前、あの人のところに嫁にいくか。また縁談がきているぞ」と。
一方、関孝和はこの設問を眺め「これまで見た設問で一番好きだ」と言い、えんはうれしそうにうなずく。

算哲、碁の指南中に月が欠けるという現象に遭遇。ここで、暦がずれている事実を教えられる。今日が明後日ならどう思うか。いま使っている暦は宣明暦という800年前の唐の暦。改善を朝廷が拒み続けているのでこの差がでて、日蝕月食の予測すら難しくなることを知る。

大雨のなかでの困難な観測作業が続くなかで隊長建部が体調を崩し、そのために作業に2か月の遅れがでており、建部は江戸で養生し銚子で合流することにして、ここで別れることになる。
彼は天体儀」を作るという夢を語り、算哲にこれを託す。

大風のなかでの銚子の観測は1年後、予定より半年遅れたが、残念ながらここで建部の死を知ることに。算哲は、建部の死で、天体の秘密に挑む決心をする。
えんは、一年経って、空を見上げる
さらに雪の大間・・と観測が続き、算哲が村瀬塾を訪れた時、1年の約束は守れなかったので、この設問を張って欲しいとえんを探すが見あたらない。「嫁にいったんだよ、1年の間はうんと云わなかったが・・」と義益。

水戸光圀に呼ばれ、藩邸に駆けつけると「今日は碁は打たん、北極出地の話を聞かせよ」と言う。暦がずれている話をすると「今の暦は2日誤っているか。暦を支配しておれば莫大な利権にあずかれるから、さもあらん。天主が変わって、何が変わった。戦い気概を失い、新しい息吹を失った、このままでは国が亡ぶ」と改暦を匂わせる。

次いで、保科正之の呼び出しがあり、「時をつかさどるは国が収まること。武士になってそれをなした者はない。古い暦をすて新しき暦を作れ。そのために刀を与えた「暦は宗教、経済などに大きな影響を及ぼす、天を相手に真剣勝負を見せよ」と改暦作業の責任者に命じられる。

暦改変作業の総大将として、新しい渾天儀の完成式に臨む。
山崎闇斎とともに、3種の暦をあらゆる角度から検討するとして大統暦、授時暦、宣明暦の解明に挑戦することとし、太陽も月も、昼夜兼行の観測を続け過去の記録をも検証し、いずれの暦が適切なのかを明らかにする方針を確認し、新しい観測装置で、観測が始まる。

3年の研究で解かってきたのは、宣明暦は外れるので大統暦、授時暦の2つを研究対象にすること。さらに、研究が進むにつれて授受暦が優れており関孝和数値計算法を取り入れることで精度が飛躍的に向上し予測が可能となる。
授時暦がよくあたる。30年先まであたることに間違いがない。観測と数値で裏打ちできる。最高の暦は授時暦だと結論づける。
結果を保科正行に報告、あわせ、亰に改暦の詔勅を発することを具申する。「誤謬は許されんぞ」と念押しがある。

都では宮栖川知麿たち公家が我が国に2度も攻めてきた不吉な元の暦である授時暦に反対する。土御門泰福のみが支持するという状況。

本因坊と安井家の囲碁勝負、道策と算智の勝負を見て、三暦勝負を思いつき、三つの暦で勝負することにする。結果を村瀬塾に張り出して欲しいと訪れるとえんが出てきて「里帰りですか」に「いえ、離縁されたのです」と言う。今度は約束を守るとしてプロポーズする。

勝負の観測が始める。
日時を経るにつれて、宣明暦が劣ることが明らかとなり、「不遜な改暦は武士の恥なり 天に誅されよ」と観測所に火矢が撃たれ、観測所、資料を焼かれ、山崎先生を失うことになる。関孝和はこの勝負に危惧する。

観測最後の日、当初「無色でございます(蝕なし)」で当たりと喜ぶが、時間の経過とともに日が欠けて「外れ」に。(授時暦が外すというハプニング)
このことを幕閣に報告すると、光圀から暦に誤りがあったのか?、当たりもあり誤りもありか」と問われる。
保科正之を訪れると、すでに病床にあって、「どこにいても見ているぞ」と大きな期待のことばを掛けられる。
失意に沈んでいるところに、えんがやってきて「なぜ来ないのですか。関さんが三暦勝負のあとこれを残して行きました」と誤問(答えようのない問題)を渡す。

関孝和を訪ね、誤問の意味が分ったと謝ると、「暦が間違っていることに何故気付かなかったのか。全国の武士、神社など憎み嘲笑っているだろう。腹がたったが授時暦を研究している自分にはゆかいだった。観測には手が届かん。算術だけでは天理を掴めん。頼みはお前だ。授時暦を切れ」とすべての研究資料を渡し算哲を励ます。

えんと二人で、神社に詣で、もう一度挑戦することを誓う。そして「嫁にきてください」と改めてプロポーズ。えんは「いつまで待たせるんですか。期限が守れるよう側で見張ってあげます」と受ける。
二人だけの祝言、算哲が「わたしより先に死なないでほしい」と言うと、「わかりました、算哲さんも長生きしてください」と言い「私もお願いが、はやくこの帯を解いてください」と。このフレーズで、番宣ではずいぶん冷やかされました。(*^_^*)

二人で観測を始める。えんも天測器でたのしそうに星の運動を観測する。
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この観測のなかで、算哲は日の軌道がずれていることを発見する。が、「あのとき以外は授時暦は外れない。なぜか」このことが解からず、悩み、「百年たっても改暦などできない、もう止める」と言い出す。
えんは「いつでも腹がきれるよう刀をご用意しておきます」と辛抱強く夫を励ます。

城覧碁では本院坊道策と師匠道悦の勝負が行われようとしている。いよいよ道策の時代かと声をかけるが道策は返事しない。夜訪ねてきて「どうしたか、精気がないではないか。私は続きを打とうという約束を忘れたことはない。今のあなたは私の相手ではない」と激励。えんの「観測の時間ですよ」に支えられながら星の観測を続ける。

光圀に、「天地明察しなければ・・・」と再度挑戦することを申し出、諸外国の天文力学研究資料(禁書)の提供を要請。これの提供を受けてさらに研究を深める。

自らが作製した地球儀に、えんが灯りをかざして、「その蔭にある国はどうなるのですか」に時の差、北京と江戸の距離の補正が必要なことに気付く。
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我が国の暦として新しい暦を光圀に報告すると「大和暦という名にしてはどうか伏見宮と共に上奏せよ」との指示で土御門泰福に会うと「宮中では大和暦に対抗し、大統暦を支持することになった」と言う。
公家たちは「天意はわれらしか扱えん。他の人では扱えないことは織田信長が死んだことでも明らかである」と武家が改暦に口出すことに拒否反応を示す。
勅使がやってきて、大和暦の上奏は却下され、新しい暦には太統暦と決まったと伝える。

ここからは、おそらく史実ではなかろうが、お芝居として面白い。(中井貴一さんと岡田さんの熱演)

算哲はこの決定について、光圀に激しく戦うことを進言すると、光圀、刃を抜いて「命が欲しくはないのか」と迫る。
算哲の「理不尽な理由で葬られるなら生きてもしかたがない」に、光圀、「今、一度機会をつくろう。亰で勝負せよ。余の命は、われが預かる。再び外したら、この刀で斬る」ともう一度算哲に賭けることにする。

えんに「亰で勝負してくる。自分の考えに間違いはない。外したら、腹を切る」と亰行きを伝えると、「お願いがあります、どうか、私より先に死なないでください」と軽率な行動を戒め送り出す。

亰の梅小路に多くの民を集めて、土御門泰福と算哲、新しい暦太統暦と大和暦を示しながら「明日の午の刻、蝕がある。二つの暦いずれが正しいか、ここにご参集あれ」と告知する。そこに、宮中の役人たちがやって来て「明日まで待ってやる、その時、腹を斬れ」と言い去る。

当日朝、雨。宮中の公家たちがこれで勝負はあったとほくそ笑んでいたが、突然晴れてきて、広場では観測幕に太陽が映しだされ、蝕を見ようと集まった民が見つめるなかで刻一刻とその時が近づき、いよいよ刻限、午の刻・・。
「腹を切れ」の罵声のなかで、算哲は刀を抜き切腹の覚悟をせんとするとき「わたしよりさきに死なないでください」の声が聞えてきて、鳥が騒ぎ、「蝕でございます」の声が、そこにえんが駆けつけて。遂に、大和暦が正しいことが立証された瞬間。ここでの算哲とえん、もう、映画「ロッキー」のラストシーンだ!
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江戸では、光圀が「安井算哲、わしを不敵に使いよって」と呟くのでした。算哲の大和暦は、これより世評を高め享暦として、ほどなく帝により 新しい暦として採用された。そして算哲は初代天文方に算哲と妻えんは奇しくも同じと年に亡くなった。
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記事1 20120911
「ちゃんとした女性になって、やりたいことが明確に見えるといい」
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