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「長崎の郵便配達」(2021)タウンゼンド大佐を知るものには、何十倍にも増幅される反戦の願い!

私は“タウンゼンド大佐”と聞けばピンとくる世代の人間です。(笑)という訳で、この作品はことのほか心打たれました!

1950年代の話、タウンゼンド大佐は第2次大戦中、英空軍のパイロットとして英雄的な活躍をし、退官後はイギリス国王の侍従武官となり、エリザベル女王の妹マーガレット王女と恋におちたが、実らなかった。この恋は「ローマの休日」(1953)のモチーフになったというからびっくりです。

この失恋を癒すために世界を旅して小説家となり、「戦争体験から戦争は無くなって欲しい」という想いから「小説家には証言する義務がある!」と長崎を訪れ、少年郵便配達員・谷口稜曄さんをインタヴューして上梓したのが「長崎の郵便配達」(1984)。タウンゼンド氏は1996年、80歳で亡くなられています。

同じような不運の中で、タウンゼンド氏が「原爆被害を通じて」、ダイアナ妃が「地雷被害を通して」“戦争廃止”を訴えるという、この繋がりに運命を感じます!

タウンゼンド氏と谷口さんの出会いは1982年。谷口さんは2006年長崎被災協会長に就き、2017年8月30日に急逝されましたが、谷口さんの強烈な反戦意思にはタウンゼント氏の支えがあったように感じます。

監督:川瀬美香さん。「長崎の郵便配達」を復版したいという谷口さんの願いを叶えようとした本作の仕掛け人です。構成:大重裕二、撮影:川瀬美香、編集:大重裕二、音楽:明星/Akeboshi

出演者;イザベル・タウンゼンド(タウンゼンド氏の娘さん)、谷口稜曄(映像)、ピーター・タウンゼンド(映像と音声)、その他。

小説家タウンゼンド氏は長崎で被ばくした男性・谷口稜曄さんを取材し、1984年にノンフィクション小説「THE POSTMAN OF NAGASAKI」を発表した。谷口さんは16歳の時に郵便配達中に被ばくし、その後生涯をかけて核廃絶を世界に訴え続けた。

映画ではタウンゼンド氏の娘で女優のイザベル・タウンゼントが2018年に長崎を訪れ、著書とボイスメモを頼りに「何故父は谷口さんの体験を綴ろうと思ったのか?長崎で何を感じたのか?」を紐解いていく物語です。


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あらすじと感想

2018年8月、イザベルが撮影のため長崎にやってきて、鳥岩神社公園から長崎の街を見下ろしながら、「父が何故ここにやってきたか、父がここで見たものを見にやってきました」と話すシーンから物語が始まります。

イザベルがこの作品に出演することになったわけ、監督の川瀬がこの作品を製作する動機が、交差しながら描かれます

イザベルは「川瀬との出会いが、作品への出演になった」と言います。イザベルは父に「THE POSTMAN OF NAGASAKI」という作品があることは知っていましたが、読んではいなかった。しかし、谷口さんの記憶はあった。それは1985年にフランスのTV番組にふたりが出演して、谷口が服を脱いで背中を見せたこと

「この傷でどれほどに苦しかったか」と会って話を聞きたいし、父との出会いなど沢山聞きたいと思っていた。川瀬から話があり、「何かが起きる!」と思ったと話します。

“谷口さんの背中の傷“、これがこの作品を、いや、世界の世論を動かす力になっています。

イザベルは父の遺物を捜していて、谷口をインタビューしたカセットテープを見つけた。1982年平和公園でのセレモニーの録音でしたが、会場の状況を吹き込んだ父の声を23年ぶりに聴き「父がそこにいる!」と感じ、川瀬監督にこのテープを送り「ストーリーが決まった!」と言います。

テープで初めてタウンゼンド氏の声を聴き、「これがあのタウンゼンド大佐の声!」と震えましたが、柔らかい声で、「状況観察が細かい人だ」という印象を受けました。

2015年4月、核兵器不拡散条約検討会に「70年前の出来事。二度と起こさせてはならない!」と出席を決めニューヨークに赴く谷口に川瀬は同行した。谷口は演壇で「1946年1月の写真です」と背中の火傷を治療している写真を提示し「原爆を受け、3年7カ月の闘病生活、1年9カ月臥せったので床ずれで肋骨の向こうから心臓の動いているのが見える。こんな状態で生きてきた!」と原爆の恐ろしさを訴え、参加者に大きな感銘を与えた。川瀬はこの状況を見て「やれる!」と思った。ところが2017年8月30日、谷口さんが急逝した。

川瀬は「これでは撮れない!」と悲嘆していた。そこに、イザベルからタウンゼンドの取材テープが送られてきて、「これでやれる!」と決まった。川瀬はフランスを訪れイザベラに会い「タウンゼンドも谷口もここにいる。映画になることを喜んでいる。準備はできた!」とふたりで喜んだ。

ここから、冒頭のシーンに繋がり、イザベラが父タウンゼンドの著書をなぞり、特にボイスメモに耳を傾けながら、谷口が生活した稲佐山への階段、その頂上にある鳥岩神社、そして被ばくした周辺などを訪ね歩き、父がここにきたわけ、父の想いを知る旅が始まります。

稲佐山200段の階段を登り鳥岩神社に出て、谷口が住んでいた家を訪ねた。お盆の準備ができた仏前に手を合わせ、そこで父が谷口に贈った色紙を見た。そして父が語る若き谷口の郵便配達員の姿を耳にした。「14歳で、赤い自転車で郵便を配達するのだが、身体が小さいためペタルに足が届かず苦労し、坂道は担いで登った」という。階段に手作りの灯篭を置いて仏を迎えますが、イザベラも灯篭作りを手伝った。ひらがなで“だいすき”と書いた。灯篭の灯が“平和”を照らし出していた。

長崎のお盆行事が美しく描かれ、この映像だけでも、如何に日本人が平和を願う国民であるかが分かります。

ここで、タウンゼンドのインタビューに通訳として参加した田崎昇さんが訪ねてきた。田崎さんは流ちょうな英語で「谷口は口が重い人だったからもっと聞きたかったかもしれない、タウンゼンドさんは辛抱強い人だった。ときどき訪ねてきていたからコミュニケーションは取れていたと思う」「タウンゼンドさんはレコーダーで自然の音、小鳥のさえずりを録音し、花の香が好きだった」と話すと、父の想い出が一気に噴き出したイザベラが涙を見せた。

爆心地公園。父のナレーション「当初の目標は小倉だったが、悪天候で長崎に変わった」を聞いて、イザベラはここに立ち、B-29による原爆投下シーンをイメージし「ほんの一瞬で多くの命を奪った!何十年も、何世紀にもわたって。ここで起こったことがよく理解できなければならない」と思った。焼けただれた石垣を見た。

住吉商店街を歩き住吉神社。谷口が郵便配達のために自転車で走っていて被爆した場所。

イザベラは「三菱女子寮に手紙を届けるために走っていた。まばゆい閃光、すざましい轟音の中で自転車は空を飛び、白いものが降ってきた。さっき見た子供たちだった。背中に大火傷、左腕の皮膚が垂れ下がっていた。徒歩で三菱魚雷工場へ避難すると多くの人が集まっていて、皮膚が垂れ下がった女の子が「切って!」と叫び、油を体に塗っていた。30分後、「空襲がある」と男に連れ出され近くの山へ避難し、2晩過ごした。雨の夜、葉っぱで集めて飲んだ。人々は次々と死んでいった。30人の中で唯一の生存者だった」という父の文章を思い出していた。

長崎原爆資料館。イザベラはここで少年が臥せって火傷の治療を受けるビデオを観た。すぐに谷口だと分かった。そして涙が出てきた。

2015年に起きたパリの同時多発テロ事件の際、130人が亡くなり、「母として子供たちにどんな世界を残したいのか、このままでは人類は滅びる」などと不安に駆られていたところに川瀬が父の本を携え訪ねてきたことを思い出していた。

路面電車浦上天主堂、永井博士の記念館など、父が見た光景を辿った。

浦上天主堂爆心地から800m、キリストが初めて原爆に遭遇したところ、何千人もの死体が教会の周りにあったという。ミサに参加、被爆のマリアに会った。

司教が「この周辺には12000人が住んでいたが8450人が亡くなった」と言い、「自分は母の胎内で被爆した。被爆した女性は結婚できなかった。偏見ですよ!」と言った。

被爆した女性は結婚できなかった」が気になり、父の本でどう書かれているかを調べた

谷口に結婚したが満足な子が生まれるかととても心配したが、ふたりの健康な子供に恵まれた。子供たちを海に連れていって泳がせようと裸になったとき、子供たちが泣き出した。母親の英子が「お父さんが海に向かえば、原爆の恐ろしさが分かる。苦しんでいる何万人もの被爆者がいる」と説明したという。谷口はありのまま受け入れて生きてきた。

2015年4月、核兵器不拡散条約検討会の演壇で谷口が「原爆を1発も残してはいけない。廃絶を世界に訴えましょう!ノモアヒロシマ、ノモアナガサキ、ノモアウオ」と訴えた理由だと感じた。

「普通の父が未来のために戦った。父の愛が私を長崎に導いた。貴方が伝えたかったことがよく分かった」とイザベルは本を閉じた。未来を信じイザベルは父と谷口の道のりを辿ろうと考えた。

鐘楼流しの日、谷口を黄泉の国へとおくった。

父がなぜ長崎に行ったかが分かった。私自身が郵便配達員になって、次の世代に伝えるメッセージがある

イザベラはフランスに戻り、谷口の被爆体験を、子供たちに演じさせる体験してもらうという、お芝居にして公開した。

まとめ

娘イザベルが亡き父タウンゼンドが何故長崎に行ったかを探る中で、父親の愛を感じるとともに父の残した反戦への志を受け止め、自らが反戦の郵便配達員となるという、押しつげがましい反戦映画でないところがいい。タウンゼンド大佐を知るものにとっては何十倍にも増幅されて伝わってきました。というわけで、少し感想文も長くなりました。(笑)

父と娘の絆の話としても感動できますね!

谷口さんが「復版したい!」という気持ちがよく分かり、タウンゼンド氏のボイス案内と文章で現地を確認する中で、日本の優しさや美しい風景がイザベラの心をほぐし父の想いを知るといううまく描かれた作品でした。

背中の傷で反戦を訴える谷口さんの話。これをマーガレット王女との悲恋で世界中に知られているタウンゼント大佐が一緒に立ち上がったというのが何とも力強い。すばらしい友情物語でした。ローマの休日がこんなに繋がる話になるとは思いませんでした。復刻版を楽しみにしています。

今年8月9日、NHKの朝のニュースで「長崎の郵便配達」のウクライナ語とロシア語版の復版が進んでいると報じられました。ロシアによるウクライナ侵攻で核兵器の脅威がより現実的になっている今こそ、急がれる事業だと思います。

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