2023年度韓国製作作品。年明けの劇場鑑賞作品の第1作目として選んだのがこの作品。大災害により荒廃した韓国・ソウルを舞台に、崩落を免れたマンションに集まった生存者たちの争いを描いたパニックスリラー作品。
第96回アカデミー賞国際長編映画韓国代表作品で韓国での大ピット作品。
能登半島元日地震の直後だけに韓国映画では何がどう描かれるかと期待して劇場に駆けつけた。正月、この作品を観る人はそういないと思ったが、やはりディザスター(災害)の韓国映画ということか、小さな部屋だが結構な入りだった。
いきなり世界的な地殻変動で生活文化の象徴であるアパートが瞬間に崩壊してたったひとつ残ったアパートを巡るアパートの住民たち、住居を失った被災民とアパート住民との闘いが延々と描かれるドラマにメッセージ性の強い作品だと感じた。
リアルな災害の恐怖を味わいたい人には向かない作品だと思う。
この状況下で“人間が生きたい”ために持つ闇・欲、それがどういう形で人間間の戦さになり、その行き着く先はどこかと災害より人間のもつ闇の方が恐ろしかった(人間崩壊)。
見せどころはこの闇・欲を演じる演者の力量だ。
監督・脚本:「隠された時間」のオム・テファ、撮影:チョ・ヒョンレ、美術:チョ・ファソン、編集:ハン・ミヨン、音楽:キム・ヘウォン。
出演者;「非常宣言」のイ・ビョンホン、「マーベルズ」のパク・ソジュン、「君の結婚式」のパク・ボヨン、「はちどり」のパク・ジフ、キム・ソニョン、キム・ドユン、等。
物語は、
世界を未曾有の大災害が襲い、韓国の首都ソウルも一瞬にして廃墟と化した。唯一崩落しなかったファングンアパートには生存者が押し寄せ、不法侵入や殺傷、放火が続発する。危機感を抱いた住民たちは主導者を立て、居住者以外を追放して住民のためのルールを作り“ユートピア”を築くことに。住民代表となったのは902号室に住む職業不明の冴えない男ヨンタク(イ・ビョンホン)で、彼は権力者として君臨するうちに次第に狂気をあらわにしていく。そんなヨンタクに傾倒していくミンソン(パク・ソジュン)と、不信感を抱く妻ミョンファ(パク・ボヨン)。やがてヨンタクの支配が頂点に達した時、思いもよらない争いが幕を開ける。(映画COMより)
あらすじ&感想(ねたばれあり:注意):
冒頭、アパート文化が出来上がる過程がモノクロカラーで描かれる。その初っ端に孤独を感じるコンクリートという言葉がある。コンクリートに執着する人間の心にもっと大切なものはないのかと問い掛けているように思った。
ミンソンとミョンファの若い夫婦、恐らく無理してやっと手にしたファングンアパート。払暁、ご~という大音響で目覚めたミンソンが窓から外を覗くと見渡す限りの建物が崩壊していた。
被災した母娘が「ドリームハウスの者です。娘だけでも」とこのアパートを訪ねてくる。ミンソンはドアを開けなかった。
ドリームハウスの住人が被災し、これよりランク下のファングンアパートの住民との間にステータスの逆転が起こった。
ミンソンはアパートを抜け出し、被災者と物々交換で、電池を手にしてアパートに戻ってきた。「心配ない俺が守る」とミョンファと一緒に黄桃缶詰を食べ、「被災者と平和的にやっていけないか?」と考えていた。隣の部屋に伯母と女の子が居候していた。
被災者がアパートに進入し、廊下を占有し始め、ある部屋で火災が発生。902号室の住人・ヨンタクが消火ケースからホースを引張だし果敢に放水して消し止めた。
婦人会長のグメ(キム・ソニョン)が住民を招集し、これからのアパートの運営について論議した。
グメは兵役勤務のあるミンソンに意見を聞き、アパートをまとめるための代表として、消火行動で力を見せたヨンタクを挙げ、みなの意見を聞いた。誰も反対しない。(笑)席の一番奥にいたヨンタクは恥ずかしそうに「最後まで生き延びる」と挨拶した。次いでグメは「アパート住民以外の者の退去」を碁石の投票で決めた。差別への仕返しだったかもしれない。
会同で、ミンソンはヨンタクに請われ、グメの「兵役経験者はあなたしかいない」という意見で、アパートの防犯隊長になった。この際、800号室のドギュン(キム・ドユン)は「兵役の経験がない」と断わり退室、実行委員会のやり方に疑問をもっていた。
ミンソンが自室に戻ると、妻のミョンファが「伯母と女の子がどうなるの?」と聞く。ミンソンは「分からないが、バカになるしかない」と答えた。
アパートの前に、国会議員を先頭に「アパートに入れてく!」と大勢の被災者が訪れた。ヨンタクを先頭にしてアパートの住民は防護柵で対応していたが小競り合いが続き、ヨンタクが頭を殴られ流血。これにミンソンが反撃に出て、ヨンタクの激しい反撃で避難民を退去させた。このことでヨンタクは住民から圧倒的な支持を取り付けた。
これを契機に住民の入居規則を制定した。
住民だけが住むこと、アパートを守る貢献度で食料を配給すること、アパートの運営は民主的に行う、その他に便所の使い方、火の始末など細かいところまで規制されることとなった。
ヨンタクは捜索隊を編成し、被災地を捜索して食料や日用品を手にいれることにした。これが上手く軌道にのり住民はウラチャチャと声を上げて喜んだ。
これらを持ち帰り住民に働に応じた量を配分した。ミョンファは町の中で火柱が上がるのを見て心配しだす。
ミンソンはヨンタクが礼記の一節「修身斎家治国平天下」を引用してアパートを治めることやミンソンの家族のこと、子供がいるかと心配してくれることで、ヨンタクを心酔するようになった。しかし、町で捜索中に銃を持つ被災者の一群に囲まれたとき、このピンチをミンソンが救ったが、ヨンタクが銃を持つ男を死に至るまで殴りつける異常行動を見て不安を抱いた。白昼、堂々と自販機を破壊し中身を奪い、「人を殺して奪おうか」と声が出るほどに捜索のやり方が暴力的になっていった。
ファングンアパートの住民は、被災者からものを奪う暴徒と化していった。
元旦のファングンアパート祭り。
アパートの外で火を焚き酒を呑み歌う。まるでヴァイキングだ。ミョンファは疑問をもった。料理を口にしなかった。
ヨンタクは外で被災したが、生きながらえ戻ってきた金髪の若い女性ヘヴォン(ハク・ジフ)を「ひとり増えた」と住民に紹介し、請われて「コンクリート」の歌を唄った。この歌にはヨンタクがアパートを持つことに憧れた記憶があり、このアパートを手に入れた記憶がよぎった。唄うヨンタクに記憶を被せた演出がミステリアスですばらしい。
ヨンタクはアパートを購入するために投資したが、騙されて手に入れられなかった。騙した男を捜し、このアパートに辿りつき、婆ちゃんと暮らす男に「金返せ!」と囲碁の石を口に詰めて窒息死させた。そのとき、大災害が起きた、そのまま男になりすまし、ここに住み、ヨンタクを名乗っていた。
翌日、ヨンタクは903号室のヘヴォンの部屋を尋ね、「902室におばあちゃんが居るのを知っているか」と聞き、ヘヴォンの「知らない」の返事に胸をなでおろした。ヨンタクの権力欲が激しく、狂ってくる。
ヘヴォンはミョンファにヨンタクが偽物であることを伝えた。グメは」「彼に感謝しなさい」と信じなかった。
外では死体から金歯を抜く盗人がでるような状況。アパートも食料が底をついてきた。
ヨンタクはアパートからの外出禁止令を出した。
ミョンファは「人を殺して食料を奪っている」という話を聞き、ミンソンに「もう捜索は止めて。私は死んでいい、人を傷つけてはいけない」と言うが「生きるためにはこれしかない!」と拒否した。ミョンファはドギュンに食べ物を分け与えた。
ヨンタクはドギュンの部屋を捜索し、家具を取りあげ、匿っていた女性と子供をアパートから追放した。
ヨンタクはアパートの外に住民を集め、偽住民(ゴキブリ)退治を宣言した。
「罪を犯した者は200回謝罪せよ」と命じた。住民たちの謝罪が始まった、「やっていいことと悪いことがある、俺がアパートを去る!」と飛び降りるものが現れた。
地殻変動で突然水が噴き出した。住民は喜んだが食料がない。
グメが「これから代表どうする?」と問うと、ヨンタクは「心配いらない」と捜索隊を引き連れて出て行った。
干上がった漢口沿いに進み、ミンソンが知っている備蓄食料庫?を狙った。たくさんの遺体を踏みながらトンネルの中を進み、その奥の壁を開けると食料が見つかった。これを喜んでアパートに持ちかえる途中、被災民に襲われ、多くの犠牲者をだした。
この行動に連携して、ミョンファとヘヴォンがヨンタクの部屋に入り、大量の食糧と男の遺体、おばあちゃんを発見した。ふたつの捜索をダブらせて見せるという演出も面白かった。
アパートに帰ってきたヨンタクら捜索隊。
ミョンファはヨンタクが偽物である証拠を示し出て行くよう訴えた。ヨンタクは「殺さない殺人鬼だ。お前ら喰ったろう」と反発。住民は夫の遺体を見て、もはやヨンタクを許さなかった。ヨンタクはグメに「お前は雌鶏だ!」と罵倒した。(笑)
ヨンタクに住民が襲い掛かり闘いとなった。そこに大量の被災民が雪崩込んできた。ミンソンとミョンファはここから逃げ出した。途中で被災者に襲われミンソンが腹に大怪我を負った。
ヨンタクは完全に狂って「みんな大丈夫か!俺は家に帰り寝る!」と去って行った。
ミンソンは「全部俺が間違っていた。ひとつよかったこと、お前と結婚したこと」とミョンファに言葉を残し、暖かい陽の中でなくなった。
ミョンファは3人の被災者に救われ、一緒に破壊したアパートに住むことになった。「人を食べたの?」と聞かれ、「みんな普通だった」と答えた。暖かい食事を出され「この中で生きる!協力して!」に泣いた!このラストシーンが秀逸だ!
まとめ:
大災害でたったひとつのアパートが破壊を逃れ、そこの住民が生きるために他の被災者を拒否するという住民エゴが、事態の推移に伴い自分たちが窮地に陥っていく結末。エゴで選んだリーダーが狂気に陥り、彼に支配された住民の悲劇。極限状態の中だからこそ見えてくる人間性。普通の人が狂人になる恐怖。
脚本、演出の妙、役者さんたちの熱演で、こんな暗いストーリーを面白く観ることができた。さすが韓国映画だと納得。
韓国が抱える格差社会や厳しい住宅事情を皮肉っているようで、社会派作品の一面があり、これも韓国らしい。
ラストで見せるミョンファの涙!亡くなった人全てへの涙で、大災害の痛みを共有できないならユートピアはないと訴えているようだ。このことはイスラエル・ハマス戦争、ウクライナ・ロシア戦争に通じるものだと思う。
何の取柄もない男が権力を握って狂い感情を爆発させていくイ・ビョンホン、真面目で小心もの、与えられた状況でしか生きられない公務員のパク・ソジュン、静かだが状況に惑わされない信念をもち最後に正義を通す看護師のパク・ボヨン、いずれもこれまでの作品では見られない演技を見せてくれた。
正月早々、いい映画に出会い、今年も楽しめそうだ。
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