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第35回「犬伏」

第35回「犬伏」
今週はとても感動的な45分間でした。徳川家康が上杉討伐のため東国に向かい、この隙に大阪で蟄居中だった石田三成が挙兵し天下を決する大戦にむかうなか、三成の吉継西軍参加への説得、いずれにつくか真田父子の犬伏での決断が描かれた。いずれもこれまで観てきたからこそ味わえる感動的な物語でした(#^.^#)
吉継の決心「病に痛んだ身この体、存分に使え」と三成に任せる度量。正義に向かって真似しろといってもできないぐらいまっすぐな生き方。そして真田父子の激論の末、昌幸と信繁は西軍に信幸は東軍にとそれぞれの道に進むことになったが、家族の絆を失うことなく信幸の「酒を飲める日が来ることを祈ろう」とさわやかに論議がまとまったこと。議論を終え韓信の話で父を元気づける信幸、信繁の配慮、泣ける。ガラシャの決断をも含み、今回は、自らの進む道に死をも厭ず信念を貫く生き方を見ることができる。(#^.^#)
 
○三成の挙兵イメージ 1
・大坂真田屋敷では信幸が家族に「徳川は上杉討伐に出陣するがこれまでの縁から真田は上杉につく」ことを告げる。これにより昌幸は上田、信幸は沼田に戻り軍備を整えることになる。昌幸は女たちに、上杉につくことで徳川からの害が及ぶかもしれない、大坂から脱出するよう指示する。春は父吉継を気にするが「このことは知らせてない」と昌幸が言う。きりは気丈に振る舞う。これを見て春は母薫を上田まで連れていくと気丈に申し出る。きりと春の闘いが始まる。() しかし肝心の薫がなんとも心もとない。
稲は父からの書状「内府は真田を信じてない。裏切ることがあれば報せよ」を昌幸に伝え「私は信幸の妻、裏切ることはしない」と決意を述べる。「立派な真田の嫁だ」と昌幸。しかしこの嫁に昌幸は来週の予告編では・・・。これを聞いた真田家一筋の“こう”のうれしそうな笑顔がいい。

・信繁が大坂城を訪ると且元が桃の木を手入れしており「三成の想いがいつ、来月あたりには実がつくかな」と意味ありげな話を交わし、信繁は「そこまでは早くない」と言う。寧に会うと「いつになっても戦は無くならんもんね。きりは達者か、気立てのよい子、帰ってきたら顔をだしなさい」とこの戦から一切身を引いた感じ。信繁は、上田に去るにあたって、大坂城を眺めて秀吉に初めて会った時のこと、茶々の姿を思い出す。
景勝は「家康が江戸城に入りその兵10万を超える」と兼続から聞く。兼続の「城内で共に戦うという者は身分にかかわらず取り立ててはどうか」という意見に「それでよいが嫌がる者は逃がしてやれ」。これには兼続も不満のようだ。これで勝つ気があるのかと?。()
江戸城の家康イメージ 2
「お前は先に江戸を発て。わしはそのあとをゆっくり追う。本多佐渡守をつける、数万の大軍に匹敵する見方と思え」と秀忠に江戸出発を指示する。
「父は自分を信じていない。せっかくやるきになっていたのに萎えた」と江にもらすと「お前様、しっかり心をもって、出来ます!」と江。江の初見え、気の強い嫁だ。

・吉継、三成の要請受諾
吉継は上杉討伐のために美濃垂井まで兵を進めており、ここに吉継を取り込むべく石田三成が訪れる。「徳川が北に向かっている間にこちらで兵を挙げ秀頼公を奉じる」と三成。「悪い手ではない」と吉継。「我に同心願いたい」と三成。「勝てると思うているのか」と言う吉継に「しかしやらねばならぬのです」と三成。「奉行は三人となり前田利家は骨抜きに。上杉討伐はあきらかに徳川の言い掛かり。徳川を倒さなければ豊臣の世は終わります。お命、私に預けてはいただけないか」と三成。「今日は遅い、泊まって行かれよ」と吉継。咳が出て、薬茶碗は持てぬ吉継、苦しい息遣い。「わしはあの男が来るのを待っていたのかもしれん」と嘯く。
イメージ 3三成は吉継に呼ばれ「勝てるかどうか分からぬと言ったな。そのような男に命を預けるわけにはいかん。そのような弱気を二度と口にするな。兵を挙げるからには必ず勝つ、その気概なくしてどうする」。ここで吉継の心を読み取り三成は涙を流す。
「徳川大府を老衆から外す。そうすれば上杉討伐は徳川が起こした勝手な戦となる。大府がいかに太閤殿下に背いてきたか弾劾状に記して全国の大名に送るのだ。こと急を要する。泣いている暇はない、わしがお主を勝てせてみせる!」と吉嗣は励ます。吉継の決心をうながしたのは三成の忠誠心だが、もう一つ体の状態、もう長くない。“命、三成にくれてやる”。この戦さは吉継の最期の戦として生きた証にしようとしたのではなかろうか。
・昌幸は「待ちに待ったこのとき。まず家康の首をとり、信玄公が治めた甲斐・信濃を戻す」と戦準備のかかる。「戦になるのかこんな日が来るとは」と作兵衛が喜ぶ。

○三成の戦構想
・大坂真田家、脱出のための荷造り中。そこに石田治部、大谷刑部の大坂城入りの知らせが入る。
大坂城では三成によりこの戦の進め方が開示される。「まずは弾劾状を全国大名と徳川大府に送る。すみやかに諸大名の妻子を人質を取り大坂城に集める。人質を摂り次第伏見城を攻め落とす。伏見城は宇喜多、小早川で攻略。宇喜多を先鋒に総勢で江戸に圧し進む。総大将の毛利は秀頼公を守り大坂城に留まる。太閤殿下が築いた豊臣の世の行く末はこの戦に掛かっている」。ここでは宇喜多に二重任務を与えていて不明瞭。伏見なんかどうでもいい、速やかに東上させることが必要であった。
この指図に小早川秀秋は「戦の采配など勘弁して欲しい」と江雪斎に不平を漏らす。「それなら辞めては」という江雪斎。「断れるわけがない」と言う秀秋に「戦うと見せかけできるだけ動かないこと。実は徳川大府より間者としておくりこまれている」と打ち明ける。
・春は上田に向かうことを父吉継に伝えると「真田は上杉に寝返る気か」と問う。「“表返る”そうです」と春。(笑)名台詞!「大坂は石田方が抑えた。お前たちはわしのところにおれば何の心配もない」「父上が元気になっている」と返事。

ガラシャの死
三成は大坂城に大名の奥方を集めて人質とする。大坂城にいた阿茶局は混乱に乗じて城を脱出する。真田家では、刑部の手下が守ってくれるとのんびり構えていた薫であったが、豊臣の人質になるが人質であることに変わりがないというきりの言葉に大慌て。
イメージ 4春の「あちらに煙が」の声にきりが細川家にやってくると、ガラシャは「人質に取られることがあるならば城に火を放ち自害するよう殿に言われている」と十字架を抱え退去しようとしない。きりは懸命に退去を勧めるが聞き入れない。家老の小笠原秀清が「お方様」と障子の向こうから槍で突き、ガラシャは自害。
佐助がきりを助け出そうとするが、三成勢に追われる。一方、稲は父が徳川の家臣、このままでは危ないすぐに逃げると脱出を決意する、“こう”がどこにと問うに「沼田に決まっている」と。さすが忠勝の娘、このような戦さ対処は的確。信幸はよき嫁を持ったものだ。
・捕らえられたきりと佐助。きりは真田の者と縄を解かれる。玉が自害したことを伝えると「このことが廣まるとまずい」と吉継。佐助には真田加勢の文書を預ける。
江戸城の家康。石田三成と大谷刑部が挙兵したことが伝えられる。「気にすることもない」と言う本多正純に「気になる」と家康。上方の動きを逐一知らせるよう指示する。
 イメージ 5
大坂城の大谷屋敷。吉継が三成に「戦場で存分に働くことはできない。軍勢の采配はお主に任せる。わしはこれで徳川大府と戦う。去就がはっきりしない大名をこちらに付ける、そのための書状をこれから書く。天下の行く末を決める大事な書状人には任せられん。魂をこめて私が考える」。「徳川大府の政は太閤殿下の恩義に背きその行状は目にあまる。秀頼公は大府を討ち取れと老衆奉行衆に命じられた。天下万民を守るために御加勢をお願いする。みごと徳川大府を討ち果たしたあかつきには秀頼公によって望み次第の地を約するものなり」と三成に語り、筆記させる。この戦い、三成の戦ではなく吉継の闘いになっている。体に無理が加わり「この戦・・」と倒れる吉継を抱きかかえる三成。「治部、この戦、勝った」と吉継が声を上げる。
・7月19日、3万の兵で秀忠が江戸を出発。大坂では宇喜多、小早川が挙兵。天下分け目の戦が始まることに。7月21日家康が3万の兵を持って江戸を発つ。
 
○真田父子、犬伏での決断イメージ 6
下野犬伏の真田の陣。昌幸の「いつ上杉につくか」に信繁が「攻撃の命が下ったとき」と報告しているところに、一陣の風と共に佐助がやってきて()、昌幸は「石田治部が刑部とともに挙兵。伏見攻めが始まっている、早すぎる」と怒り露わにし席を立つ。信幸の「どういうことだ」に信繁は「徳川と家康の戦が始まったら横合いから襲って家康の首を取る。その後で石田様が挙兵すれば江戸まで攻め込めた」と昌幸の考えを推し量る。信幸の「これから徳川はどうでるか」に「このまま上杉を攻めるか、江戸にとって返すか、西に向かって石田勢にぶつかるか」と家康の行動を読む。「いずれにしても大きな戦になる、父昌幸の出方を待つ」と信繁。昌幸は一人で策を練っている。信幸の顔には厳しいものが見られる。そこに昌幸が出え来て二人を呼び「人を近づけるな」と作兵衛に厳命する。
昌幸は「1日2日で終わる戦ではない。この先1年2年いや10年続く。よく聞け、息子たち。これより我らは上田に戻り城に籠る」、「上杉に加勢するという話は」と信繁。「一度、止める」「徳川に残るということですか」と信繁。「徳川とはこれで縁を切る。豊臣につくわけではない。真田はどちらにもつかん。上田城に籠り守りを固める。攻めてきた相手が敵だ」。「その後はどうされる」と信幸。「世は再び乱れる日の本のいたるところで大名たちが徳川側と豊臣方に分かれぶつかる。1、2年も続けば兵も疲れ士気が下がる。それをみはらかって一気に甲斐と信濃を手にいれる、どうじゃ」と。「果たして父の思うようになりますか。いまや戦の仕方が変わった大きな兵は一か所でぶつかり一気にぶつかりあう。
この戦案外はやく決着がつくのでは、長くて幾月。徳川と豊臣、勝ったほうが次の覇者となる。どちらにもつかぬということはどちらをも敵に回すということ。いずれが勝っても真田の居場所がなくなる」と信繁。「その時はそのとき」と昌幸。「豊臣であれ徳川であれ、戦に勝ったときには大きな力を手に入れている。太刀打ちなど出来ない。夢物語はもうやめて欲しい!」と力強く自分の意見を述べる。「どうすればいい」と昌幸。信繁の「徳川か豊臣どちらかに賭けて生きる以外にない。治部様が毛利を立て秀頼公を奉じたことは大きい。すでに大坂城を抑えている」に「豊臣に賭けるしかないか」と昌幸。「石田様は父を買っているうまく話しを持って行けば信濃、甲斐の大名になれる」と信繁。
ここで信幸、「豊臣が勝つとはならんぞ。徳川は長い時間をかけて大名を取り込んできた。侮ってはならぬ」と強くこれに反対。昌幸はここでかって北条か上杉かで採った籤で決めようとするが、信幸は籤を取り上げ「こういうことはやめましょう。わたしは決めました、私は決めました、私は決めた。源次郎、お前と父上は豊臣につけ、わしは徳川に残る。これが最善の道だ。いずれが勝っても真田は残る、敵味方に別れるのではない。豊臣が勝てばお前はあらゆる手をつかっても私を助ける。徳川が勝てばどんな手をつかっても助けてみせる。親子三人がいつの日かまた膝を突き合わせて語り合う策だ。たとえ徳川と豊臣に別れても真田は一つでございます」。「よく決めた」と昌幸。
信幸、信繁の意見は籤に勝る自信に満ちたもので、もはや昌幸には太刀打ちきないものになっている。特に信幸はしっかり信繁の意見を聞き、自らの家康感を乗せての結論、真田家の出した結論にふさわしいもの。
イメージ 7 
激論を終え父の居ない席で信繁は「兄上には迷惑をかけました」と謝る。真田をまとめ、信繁が好きなように生きる道筋をつけてくれたことへの感謝でしょう。「これでいいのだ、俺はもっとも徳川に近い、我ら三人でもう一度徳川の大軍とひと暴れしてみたい」と信幸。「豊臣が勝てば石田様が秀頼公を盛り立てて行くでしょう。徳川が勝てばもはや上杉は敵ではない。どちらにころんでも戦の世は終わる」と信繁。信幸が「これで最後の戦か?」と聞くと。「大事なのはその先。その先は我らが真田を背負ってゆかねばならない。大府様が勝てば兄上、治部様が勝てばわたし」と信繁。「ババ様の言葉を思い出すな。われらはこのときのために生まれてきたのかも知れぬ。いずれまた三人で飲める日の来るのを祈ろう」と信幸。「兄上、」と涙する信繁、これに涙ぐむ信幸。共に過ごすのはこれが最期ということが二人の心をよぎったのか。
お前たちは朝はやく上田へ向かえ。おれはここで大府の到着を待ち、父が離反したことを伝える。父を頼んだぞ」と信幸。信幸は大きな男への成長を見せる。だまってふたりの話を聞く昌幸。泣る。
最後の夜を父子は酒を飲みかわしながら、おだやかに語り始める。信幸が「史記に出てくる韓信をご存知か」と話し始める。「興味ない」と昌幸。「父に似ているんです。背水の陣という言葉がある。韓信の策だが意味を知っているか」と信繁に問う。「川を背後にして河には逃げられないこと。退路を断つことで兵は死に物狂いで向かう、そこに尋常でない力が生まれる」と信繁。「大事なのはそこではないのだ」と信幸。ここで昌幸が口を挟む「河を背にするということは背後に廻れないということだ」「さすがは父上」「前方の敵に集中できる」と昌幸。「筋が通っています」と信繁。「この話を読んだとき韓信と父上が重なった」と信幸。「兵たちの心を動かすのも大切だか一番大切なのは頭だ」と昌幸。
「しかも韓信が凄いのはそれだけではない。ある大戦のおり河を背に陣を張ったことで敵はこいつらは戦を知らぬと油断した。総攻めをかけてきた敵に韓信は相手の背後に忍ばせていた兵を動かし敵の城を乗っ取ってしまった。討ち死に覚悟の戦と思わせ勝ための戦だった」と信幸。「父上の戦に通じるものがある」と信繁。「父上は日の本の韓信だと思う」と信幸。
「わしに言わせれば韓信はバカだ。背水の陣の真の狙いをすべて見抜かれているではないか。これほどに本に書かれては、背水の陣なんかできぬ」と昌幸。「さすが父上」と信幸、信繁の大笑い。さわやかに次の戦に臨もうとする昌幸。

いまの昌幸を励ますにもっともふさわしい感謝の言葉。実にさわやかな犬伏の論戦、決断であった。しかし、いつ、信幸はこれほどに勉強したのか?()

記事1 20160905
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