
村山九段は天才棋士と言われながら「ネフローゼ症候群」という腎臓の難病を抱え名人になる夢を追い求めわずか29歳で逝ってしまいました。本作では短い余命を覚悟し「どう死ぬか、どう生きるか」に対峙した最期の4年間を主として羽生善治名人との勝負を中心に将棋にかけた壮烈な生き様が描かれています。
冒頭、スクリーンには松山ケンイチさんが丸まると肥え“え~”という村山聖の雰囲気をたっぷり身につけ登場し、数々の死闘を経ての最期の羽生戦で見せる勝負士の姿に勝負を超えた心境を見ることができ、早世ではあったがすばらしい人生(青春)を手にしたと「生きるとはなにか。長さではない、どう生きるかだ」と感じさせます。
本作では村山と羽生による緊迫感と臨場感あふれる対峙シーンをどう表現するかが見せ所ですが、棋譜を読ませるのではなく(読めませんが(笑))「音」「駒の動き」「ふたりの表情」「ギャラリーのリアクション」そして「町の風景、ざわめき」で表現され、十分に雰囲気が伝わってきます。特に村山聖役の松山ケンイチさん羽生善治役の東出昌大さんの演技は、ご本人の動きや癖を真似るだけでなく完璧に自分のものとして演じており、すばらしいです。
各勝負シーンなど将棋世界がわかっていればさらに感動できる物語だろうと思え原作を読みたくなります。(#^.^#)
*******
・1994年、桜の咲く大阪、路上に倒れていた一人の青年(村山聖)が通りがかりの男に「連れて行ってください」と軽トラックで関西将棋会館に運ばれ、無言で座ると将棋の駒を一枚一枚並べ始めその手付きが実にスムースでこのために生きているという感じ。将棋の対局は、ギャラリーの「あのあんちゃん何者や」の声が聞こえ、「村山7段先手でおねがいします」で竜王戦順位戦が始まり、ここで幕が開きます。うわ~と言うほどのまるくなった松山さん、歩くのがやっとで、こんなに体調がわるいなかで将棋を打つ続ける男、何者やという感じです。

師匠森信雄棋士(リリーフランキーさん)が、村山の7段昇段祝賀パーテイーで「私は師匠としては三流ですが・・」と挨拶をしているところに村山と江川が飛び込んでくる。「おまえ熱か、マンガで遅れたか」と言いながらマイクを渡し、村山の挨拶がはじまる。「森先生はじめ皆さんに感謝したいです。森先生は将棋はへたくそですが、今日あるは先生の献身的な支えがあるからです」と、二人の師弟関係がとてもなごやかで、子弟というより親子という関係であることがわかる。


・1995年、東京にやってきた村山は将棋雑誌編集長橋口陽二(筒井道隆さん)の案内で部屋を探す。「この部屋女の子の部屋だな」と言う橋口に「こんな部屋に住みたい」と大阪と同じような狭い部屋にダンボールを積み上げての生活が始まる。早速東京将棋会館に出向き「桂」の部屋で棋譜を並べる。そこには対局室の状況を映すTVを見ながら展開を見つめる、後に村山と戦う相手であり遊び友達でもある、荒崎学(柄本時生さん)らがいる。荒崎が「これどう」と村山に聞くと「詰みます」と素っ気ない返事。「適当なこと言うな」と言う荒崎に「何でも一番を目指さないと、思うだけなら誰でもできる。本当に目覚めないと。僕が来たのは名人になるため。羽生を倒すには20人分の力が必要だ」と言い返す。ぶっきらぼうで遠慮ない正直者の村山の性格をよく表している。対局の結果は村山の読みどおりとなり、皆の注目を引くようになる。
・道場では、先崎を相手に羽生の隣に席をとり、羽生の将棋を見ながら打つ。羽生が打ち終え帰りがけると追いかけて挨拶をするが話し掛けられない。羽生は村山にとっては憧れの人、この人がいるから彼は将棋を指している状態。
・1996年、羽生と谷川の王将戦、羽生が勝ち七冠を達成。村山はこのときの棋譜を並べ検討している。橋口が羽生が結婚した記事を見せるが、村山は記事を一瞥し会館で仲間たちと将棋を打ち続ける。時にはマージャンで仲間から巻き上げ、ある時はアロハシャツを着て眼鏡をかけ皆を驚かせる。こうして彼の周りに仲間が集まるようになる。

こんな中で橘正一郎(安田顕さん)と対局に臨む。これを見る記者たちは「村山君は相手の将棋を見ていない」と言う。休憩で橘はトイレに立ち、帰って見ると村山はまだ考えて
いる。橘は時計をつけて「負けました」と。「感想戦はなしということで」と村山が立つ。「申し訳ない。つまらない勝負に付き合わせて」と橘。「いいえ」と去る村山。

村山は部屋で寝込み病院に電話もできない状態。ウイスキー瓶を見ても飲む気がせず寝るのみ。こんな状態のなかで突然大阪に戻り弟弟子の江川の将棋に付き合う。江川は「20年将棋をやってきて次の3段リーグ戦に落ちたら終わりだ」と言うと「人間いつ死ぬかわからん。今考えなければならないのは目の前の一手だ」と励ます。
江川は、少年との対戦に苦戦し鼻血をだしながら戦うが敗れる。森師匠と村山はキャバクラで江川を労う。ここで江川が「人生に後悔はない。この苦労は先に役立つ」と言うのを聞いた村山が「おまえは今は死んだんやで、黙れ」と怒鳴る。師匠が会計をしようとするのを止め自分が払うと言い、バックから金を取り出し「こんなものは何の役にも立たん。死んでいく者には何の意味もない」と破り捨てる。「第2の人生はない。負け犬だ」と言う村山に江川が殴りかかりふたりは揉み合う。「勝ちたいんじゃ。勝って名人になりたい」と叫ぶ村山の姿を見て自分の不甲斐なさに泣く江川。将棋に賭ける情熱と病魔に苦しむ村山の本音がよく出ているシーン。

外は雪、張り詰めた空気が伝わってくる。緊張した勝負は続く。羽生の落ち着かない表情を睨んで村山が席を外す。洗面所で苦しむ。帰ると羽生が外を見ている。村山が「飛」を進めるとキャラリーが「なんやこれ、危ない手ですね」と声を上げる。羽生があせっている。村山が「飛」を下げると「誰も考えられない」とギャラリー。「負けました」と羽生。ふっと息をする村山。とても緊迫感のある対局シーンだ。
夕食時、村山は羽生を町の食堂に誘い話をする。こんなことは今までなかった。食べるもの飲むもの趣味も合わない。だた将棋だけで結ばれているふたり。
村山はふたつの夢「名人になってのんびり暮らすこと。もうひとつは素敵な恋をして暮らすこと」を話す。「でもだめです、こんな身体では長生きできないから。死ぬまでに一度でいいから女を抱いてみたい。でも、こんな身体でなかったら将棋とも出会わなかったし羽生さんとも出会わなかった。神様のすることは予測できない。羽生さん、ぼくたちは何で将棋を選んだんでしょうか」。羽生は「私は今は負けて死にたくなるほど悔しい。それが全てです」と答える。これに「羽生さんの見ているものは皆と違う」と言えば「深く潜りすぎて戻ってこれなくなる。村山さんとなら行けそうだ」と応じる。「いつか行きましょう」と村山。厳しい勝負の世界のなかで見せる友情、ふたりの指す将棋には勝負を乗り越えたもっと先の世界を見ているように伺える。
・病院で「症状はステージ3Bで膀胱と前立腺の摘出しかない。手術したら3か月安静が必要で1年間は将棋はできない」と診断される。「やっと羽生に追いついたのに」と悔しがる。将棋を考え続けるため「麻酔なしなら手術していい」と言う。「できない」ということで、このままの状態でひとり会館で将棋盤に向かう日が続く。

故郷に帰り療養生活に入るが夜遅く寝静まっても将棋を指すパッチという音に母は泣く。この年の将棋年鑑のアンケート「何か望むこと」蘭に「神様除去」と書く。そして奇跡のA級復帰を果たす。


村山が投げ出すように置く「角」。これが考えられないほどの大悪手。余りにもあっけない幕切れに皆が驚く。「負けました」という村山の表情に悔しさはない。このシーンはとても胸を打つ演出で、ふたりは深い海の中でもがいていたように思える。これが村山にとって羽生との最期の対局になる。
・1998年8月8日病床で棋譜を諳んじながら29歳で亡くなる。遺体に語りかける森師匠の言葉「村山君、よう頑張ったな!!」にその生きざまを見る。
******