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第43回「恩賞の彼方に」

イメージ 2長篠戦の恩賞の彼方に、大量に木材を差し出した井伊谷の洪水危機。恩賞問題でゆれる岡崎と浜松の溝。このなかで生かされる万千代の運命が描かれました。(#^.^#)
万千代が色小姓になるのではと、とても心配していましたが、“常の小姓”として仕えることになりほっとです。しかし、万千代は色小姓との思わせ振りで他の小姓に一目置かれるという知恵者です。家康から指示された仕事が「手柄あらため」。人事を目の当たりにするとなれば、家康や評価される人の人柄がわかり勉強になります。

信長の恩賞に預かるほどに長篠戦に協力した森林伐採で、井伊谷では山崩れによる水害被害が発生。直虎は森林普請を思い立ち、砂止め工法を常慶に(絵図は万千代)依頼し、近藤を説得し、甚兵衛による農民説得で、植林に成功。将来の井伊谷のために大きな財産をつくりました。甚兵衛は「甚兵衛の松」という村への大きな財産を残して亡くなりました。
甚兵衛は年寄りの見本のような人でした。演じた山本学さん、ご苦労様でした。これからどんどんと亡くなる人がでます。虎松の出世に伴い、亡くなる人が増える、寂しいですね!
今日、大雨のたびに起きる大洪水。雨量だけでなく森林の保水力のないことにも大きな原因です。とても良いお話しでした!

万千代は描いた図面の代償に井伊の薬を要求。これが家康に喜ばれ、家康の悩みである長篠戦での恩賞問題に関わることで、出世の一歩に大きく踏み出しました。家康は、信康の気持ちを確認するため万千代を使って本音を聞き出し、信康に愛情のある決心をしました。
ここでの家康の決心の仕方。万千代を岡崎に走らせて信康の胸の内を探り、忠勝・忠次の意見を聞き、康政を使って「理が通っている」と言わせての決心、家康のうまい人の使い方に感心します。しかし、このことが信康の自害にどう関わってくるのかと心配になります。
信康は、家康の立場を慮って褒賞を断りました。彼は家康の立場で、さらに信長の立場で物を考える男。信長が恐れるのも無理はない、大器です!

井伊の薬で家康に近づき、家康の恩賞記録を整理する仕事から、恩賞に関わる信康の本心を聞き出す役割と、家康には欠かせぬ人物に育って行くというストーリー展開は、これまでの伏線がよく繋がっておもしろいです。
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井伊の木を数多く使った弾除けの柵が活躍し、徳川は武田との戦に勝利を収めた。万千代は留守居として武具兵糧をぬかりなく準備した功績により家康から直に労いを受けた。家康に「色小姓としてしまう手もあるかな。ここはひとつそういうことにしてしまわぬか。色小姓は嫌がらせもなくが」と聞かれ、万千代は「働きをもってあの者たちをねじ伏せたいとおもいます」とこれを丁寧に断ります。「そういうことなら、明日より常の小姓として勤めよ」と申し渡される。そのころ井伊谷では大雨による水害の危険に見舞われる。

○万千代、常の小姓にイメージ 5
翌日の夜明け前に、万千代と万福は康政により先輩小姓に常の小姓として紹介される。小姓の皆はそれぞれ仕事を始めるが、ふたりは何をしてよいかわからない、仕事がない。万千代と万福は草履が汚れてはならないと足場ならしをしていると家康が部屋からでてくる。「殿、わたしどもにお申しつけを」と指図を願い出ると「戦の手柄あらためを手伝え」と指示される。

戦の手柄あらためとは、それぞれが戦場でどのような手柄をたてたかを主家に申し立てる場です。
岡崎、浜松を始めとした徳川の直臣、味方した国衆そして旧今川方の武将などここぞとばかりに詰めかけた。草履番が気になると玄関から「いつになったら入れる!」という怒声が聞こえてくる。玄関に行ってみると正信ひとりで来客をさばききれず混乱している。万千代が各自名前を書いて欲しいと丁寧にお願いし、停滞がおさまる。

井伊谷に山崩れイメージ 3
一方、井伊谷では降り続いた雨のために災害が起こっていた。直虎が昊天傑山、六左衛門を連れて山に入ると山が崩れ土砂が川に流れ込み川底が高くなり水が溢れている。直虎は昊天に山崩れに詳しい者を捜すよう指示し、傑山と一緒に他の場所の様子を調べに出かけます。

直虎が山の声を聴いているころ、家康は武田の四天王の一人内藤修理を討ち取ったという氏真の家臣・朝比奈泰勝の武勲の申し出を聞いていた。同じことをくどくど聞かされうんざりしていた。
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その夜、寝所に入った家康は、書類に目を通していると犬丸と万千代が言い合い、万千代の「よい薬があるので殿に」という声を耳にし万千代を部屋に入れる。万千代がさっそく煎じて薬湯を差し出すと、毒見もせず飲んでしまう。
万千代が家康の書き物を目にして、「まことですか、ひとりで百人もの雑兵を討ち取ったなど」と驚くと「手柄を大きく見せるは人情だ。そこを眉に唾してかからぬとな。これがわしの一番の大きな役目、報いるところに報いてやらねば人は働かない」という。
作業が大変そうに見え、万千代が「よろしければ、比べるに便利なように纏めてみたい」と申し出ると「頼む」と任される。
一覧表を作り終えたところで眠ってしまい、朝になり家康に起こされ慌てて部屋を出る、そこを小五郎に見つかる。「なんとでも思え!」と立ち去る。万福に、「殿のため薬を井伊谷から取り寄せたい。なんとか井伊からただで薬をもらえる方法はないか」と話しているところに常慶がやってくる。

常慶は、井伊の土砂止めの指図を求められたが、井伊に出向く時間がない。そこで、絵のうまい万千代に絵図を書いて欲しいという。「書くが、その礼に薬が欲しいと松下から井伊に願って欲しい」と要求する。

部屋で、家康が聞き書きと一覧表を並べて沙汰を検討しているところに康政が入ってくる。一覧表を見る康政に「見やすい、万千代は使えるぞ!」と話す。家康が「釣り合いがよくない。長篠から一連の戦いで大きな武功を立てたのが浜松勢ばかりで、国衆は別途に考えねばならない」と織田が大きな援軍をよこした岡崎への配慮を口にすると、康政が「武功は命懸け。武功を第一としなければ武田との闘いは終わっていない。なによりも浜松の士気です」と意見を述べる。「泣いてもらうか」と家康。

万千代が絵図を「今度は跳ね返しやる。知らぬうちに薬を巻き上げてやる」とつぶやきながら描き上げています。()
南渓に常慶が送ってきた書状には、土砂止めの対処法だけでなく、さまざまな場合を想定した注意点が、絵や文字、図で子細に説明してあった。六左衛門が「虎松様の絵だ」というので、「虎松が!」と直虎は驚く。南渓に確認すると「よくわからん。常慶が来れないとこのような絵図をよこした」と答え「礼に源太郎が養生薬を所望している」と伝えると、「源太郎が?(また虎松が言うてきているのだろう)」と直虎はよい顔をしない。()
直虎が、この絵図をもって近藤を訪れ普請を勧めるが、「銭がかかる」と渋い顔をする。そこで直虎が、「無理ならあの茶碗を売る」「臨済禅師の説法『厳谷に松を植える』を引き合いに、50年、100年先を考えてほしい、名を残すことになります。井伊を救ったのは近藤さまということになる」と訴えます。
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直虎は、近藤の承諾を得て、瀬戸村に出向き普請の説明をする。「無理に木を切ったのはわしらでない」と拒否するものが出る。甚兵衛が「山のまえでは、皆ただの人だ、誰が切ったかなど関係ない」と普請に協力することを皆に説得する。

○万千代に、大役
万千代と万福は常慶が届けてくれた薬をもって家康の寝所に向かうが、またも小五郎に出会う。ここで、万千代、切り札の「俺は色小姓、お前見たろう!」と脅し、家康の前にでる。
家康が薬を調べようとしないので理由を聞くと「井伊殿を信用している。無欲だから。井伊の民を、己を守ることを考えていない」と話す。帰ろうとすると、家康に「色小姓と云うたからにはもっと時間稼ぎをせねば」と止められ「こたびの戦さで、岡崎をどう評価するか?」と問われる。
「首の数、攻め取った城ということになると、岡崎は浜松に比べて寂しい手柄となっている」と答えると「織田があまたの援軍を寄越したのは日ごろの岡崎の働きがあってのこと」と家康。「殿が方々の働きをすべてご存じと伝えるのが寛容かとおもぃます」と意見を述べると、「岡崎に行ってもらえぬか」と命じられる。
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万千代が岡崎を訪れ信康に挨拶すると「可愛らしい顔をしている。母上に頼みごとをするなどいかなる策士かと思うた」と言われ、そばに座す瀬名から「井伊家は私の生家。家名が戻りうれしい」と言葉を掛けられます。信康の勧めで囲碁を始めると感のよい信康が「本題は何か、恩賞の件か」と問うてくる。
万千代が「武功をもとに考えると岡崎まで手がまわらない。こたびの勝ち戦は岡崎の働きがあってのこと、今川勢に諏訪原城ではどうか」という家康の言葉を伝えると、「岡崎の平岩親吉などに任せたていただけないか」と数正が口を挟む。「これから駿河を切り取っていくには、今川勢を手厚く遇することで、酒井忠次や本田忠勝を納得できる」と考えを伝えると、信康が「控えよ」と数正を制して、「徳川の先のために岡崎は耐える。のちのちに地味な働きをしている岡崎衆の者にも直に報いて欲しい」という。
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直虎たちは総出で、万千代の描いた絵図をもとに、植林を始めている。直虎がこのように植林ができるようになったのも甚兵衛の支えと礼をいうと「清風払明月明月払清風」ですと徳政令の一件で逃散した百姓たちに直虎が言った言葉を返してくる。そして、「この木が育つころも近藤様のご料地、それとも虎松様の手に」と問うてくる。直虎は「誰か分からん。甚兵衛の孫あたり」と答える。「誰になっても、木を切ったら植えるということが習わしになるとよい」と甚兵衛。直虎は「『甚兵衛の松』という掟にしよう」と言い、笑いながら植林を続けるのでした。しっかりロケして植林作業を見せるのは立派です!

○岡崎に諏訪原城
浜松に帰った万千代が家康に信康の言葉を伝えると「よい男じゃ、家督を譲るまでせいぜいあと十年。主従としての年のつり合いもよかろう、信康とそなたは」と笑うのでした。

植林がまだ当分続くなかで、直虎が寺の境内でぼんやり絵図を見ていると南渓がやってくる。南渓に「薬は役にたったのでしょうか」と聞くと「小姓に上がったらしいぞ」と言う。「絵図が役に立ったとお伝えください」と直虎。
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しかし、家臣たちが異議を唱え始める。忠次が「何故、何故、今川に城をやらねば。あそこには三河の生え抜きを」と言う。家康が「これからの駿河攻めのことを考えれば、今川の将たちを遇しておかねばと忠勝が言っていたではないか」と反論。忠次は「そこまで手厚くしなくても」と不平を漏らす。
家康は、康政の「理が通っている」を聞き、「決まりだ。急ぎ安堵情を」と断を下す。家康が去ったあとで忠勝が「岡崎へなにか配慮でもあるのか」とイメージ 9康政に聞くと「井伊の小童の進言だ。小姓の噂ではあの者はわれらと違う道で殿の心を掴んでいくのではないか」と言う。
家康のそばに控え、薬を調合しながら、家康を見ている万千代の姿、とてもいい風景ですね!

○甚兵衛の松
天正6年。直虎が久しぶりに山に行くと植えた松が大きく育っている。空を見上げ直虎が「松は育っているぞ。井伊谷は山崩れに見舞われることもなく、今年はまだ近藤殿のご料地だ、聞いているか甚兵衛」と叫ぶのでした。そこに”しの”がやってきて髪を下ろすといい「ふたりの出陣が決まった」と伝えます。
                                    ***つづく***
記事 20171030
NHK大河「おんな城主 直虎」第43話は12・9% 前回から1・0ポイント上昇