映画って人生!

宮﨑あおいさんを応援します

第39話 「薩摩燃ゆ」

イメージ 1
西郷どん”第25回「生かされた命」、“薩英戦争”に合わせてあります。
 
文久31863)年2月。家茂(松田翔太)が江戸を発ち、大奥ではその無事を祈る毎日でした。家茂が京に出向いたことに、本寿院(高畑淳子)からは小言を言われ、和宮堀北真希)からは疎まれる天璋院(宮﨑あおい)でしたが、家茂の無事京に着いたことを喜びます。
イメージ 2

京では、長州を中心とする攘夷派が幕府の者を次々と暗殺するなど治安が悪化の一途をたどっていました。先発していた慶喜平岳大)に会うと「公方様が攘夷を行うことは、すでに朝廷と約定をかわしています。これで、とりあえず尊攘派を抑えておいて、朝廷の信頼を得て、次の手を考えるのが上策」という報告を受ける。「出しゃばったまねをしおって」と言えば、「この策はすでに土佐、越前、会津と謀ってある」という。
イメージ 3
37日。家茂は孝明天皇東儀秀樹)に拝謁し攘夷の困難さを訴えます。が、関白・鷹司輔煕(江良潤)によって遮られる。家茂は、朝廷、慶喜ら双方から周囲を固められ、孤立無援の将軍になっていたのでした。そればかりか、家茂は江戸に帰ることも許されず、体調を崩して床に伏してしまう。その間に、攘夷決行は510日と決まります。
 
京の状況を滝山(稲森いずみ)から聞いて天璋院は、家茂を京に留めるは危ないと焦ります。しかし、滝山は「公方様は攘夷決行の人質にございますれば」と帰還は難しいという。
イメージ 4
天璋院和宮を訪ね「公方様を江戸へ帰れるよう、帝にお願いしていただきたい」と頭を下げます。「そもそも公方さんを江戸へ押し出したのは、大御台さん。病気にしたのはどなたやと思うたはるんですか」と和宮はすげなく天璋院の頼みを断ります。
 
天璋院が辞去すると和宮はひっそりと涙を見せます。観行院(岩村麻由美)がこれを見て「自分の思いに背くことはない、公方さんが案じられるのやったら、帝にお願いしたらよろしい」と諭します。天璋院和宮の気持ちを思いやり、「誰かをそばに」と勝(北大路欣也)を思い出します。
イメージ 5

大阪の旅籠にいた勝が、竜馬(玉木宏)と海軍操練所について話しているとき、突然、家茂から召し出される。勝が来ると、家茂は布団から身を起こし、徳川家の現状や国の将来について意見を求めます。
勝は「恐れながら、多くの者が、徳川家ではなく、帝が日本国の政の要だと思っています」と進言、「どうする、攘夷をせよと申すか!」「ころりと負けます。さりながら、日本国中が攘夷などできぬと悟るよい機会です。国開き、諸外国の優れた技術や知識、制度を採り入れ、外国と肩を並べるが早道」と語ります。家茂は「母上がそちに会えというてきたわけがわかった」と言い、勝の進める海軍をつくることを認めます。
イメージ 6

510日。長州藩は、攘夷決行の空手形を真に受け、攻撃の先陣を切る。下関の海上で軍艦がアメリカ商船に大砲を放ったのでした。しかし、翌月、アメリカにフランスが加わり反撃、長州はこれに大敗を喫したのでした。
 
イメージ 7
薩摩では、生麦事件でイギリスが幕府から償金を取り、薩摩にも償金と下手人の差し出しを求めてきている。しかし、久光(山口裕一郎)はこれに譲歩することなく、家老となった帯刀(瑛太)に、「降りかかる火の粉は払う。そちに采配を任せる、なんとしても勝て!」と強気の指示を下します。
 
616日。家茂が4月ぶりに江戸城に帰還します。長州が大敗した少しあとでした。天璋院に「都に参ったことは誤りではなかった。この国の病の重さを知ることができました。江戸に戻ることができなのは宮様の朝廷への嘆願があったお陰です」と語ります。天璋院はこれを聞いて「すぐに和宮のもとに行くように」と急き立て、「宮様が・・」と微笑みます。
イメージ 8

和宮は、家茂の姿を見ると、家茂の手にそっと自分の手をおいて「上様がおられぬ間にいろいろ考えました。徳川を思い、朝廷を思い。でも、改めて強く思いましたのは・・今、心から上様のお子を抱きたいということです」と。家茂は和宮を強く抱きしめるのでした。
イメージ 9
次の日、天璋院、家茂、和宮は、そろって仏間で手を合わせるのでした。そこで天璋院和宮の骨折りに感謝すると、「礼には及びません。大御台さんのためにしたことではございません」と素っ気ない返事をして行ってしまう。呆然とする天璋院を重野(中嶋朋子)が慰めます。このふたりのコンビがすっかり出来上がりましたね。
 
そこに滝山が「イギリスの軍艦が横浜から薩摩に向かったとのことです」と報告にやってきます。
 
627日。イギリス艦隊が鹿児島の錦江湾に侵入した。3日間に及ぶ交渉はあえなく決裂し、遂に薩英戦争が始まる。
イメージ 10
イギリス艦隊の砲弾が薩摩の砲台を次々に破壊し、薩摩の町が炎に包まれていく。しかし、帯刀の指揮のもと、薩摩もよくしのいで善戦し、74日、燃料と弾が尽きたイギリス艦隊は湾外に去った。
「勝ち戦じゃ!」と奈良原(武智健二)が叫び、大久保(原田泰造)は「痛み分け」とほっとしている。しかし、帯刀は「戦を防ぐことはできなかった。戦が始まってしまったときに、私はすでに負けていた」と自分を責める。帯刀は「薩摩を守れなかった」と天璋院との約束を果たせなかったことを詫びるのでした。
 
天璋院は母・お幸(樋口可南子)からの手紙で美しい故郷が焼けたが、今和泉島津の家族や親しい人たちが無事であったことを知ります。家茂が「これでわかったはずです。攘夷がならぬことが」と話しかけます。
イメージ 11
此度の戦を無駄にせず、この国を変えていくのも、われら徳川のなすべきこと。国を変えるのです。それも、もっとよいほうに。希望を持ちましょう」と語るのでした。天璋院の希望は家茂であり、家茂がいてこそ開ける新しい日本への希望でした。
                      ***第39話おわり***