「舟を編む」「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」の石井裕也監督作品で観たかったんですが、当地では上映されなかった作品。WOWOWに初登場でやっと観ることができました。
アルツハイマー症の運転手が起こした交通事故で夫を失い、さらにコロナ禍により経営していたカフェが破綻し、花屋のバイトと夜の仕事の掛け持ちで働く母親。母の仕事で息子はいじめにあう。こんな理不尽な社会に翻弄されながら懸命に生きていく母と息子の物語。
監督・脚本:石井裕也、撮影:「花束みたいな恋をした」の鎌苅洋一、編集:石井裕也、岡﨑正弥。音楽:河野丈洋、主題歌:GOING UNDER GROUND「ハートビート」。
出演者:4年ぶりに単独主演となる尾野真千子、和田庵、片山友希、永瀬正敏、大塚ヒロタ、泉澤祐希、コージ・トクダ、他。
社会の眼が向かない人々や弱者に暖かい目線を向ける監督の作品が好きでずっと監督作を観続けていますが、監督の考えや不満が噴出したような作品になっていました。
あらすじ(ねたばれ:注意):
冒頭、夫・田中陽一(オダギリジョー)が車に跳ねられるシーンが、おもちゃの車を使って描かれます。事故状況の説明というより、「運転手はこんな気分で運転していた」と受け取りました。
相手の運転手・有島敦がブレーキとアクセルを間違えての事故だった。この事故を有島は保険会社に任せっきりで、謝罪することはなかった。有島は高級官僚で、アルツハイマー症だったということで罰せられることもなかった。このことに妻の良子(尾野真千子)は「夫はバカにされている」と保険金を受け取らなかった。夫はバンド編成して反戦の歌をやったりしながら良子とふたりでカッフェを経営、たいした仕事はしなかったが、読書が趣味で沢山の本を集めていた。
7年後、有島敦が92歳で亡くなり、中田良子(尾野真千子)が葬儀に出向くと、有島の息子(鶴見辰吾)が「あなたはおかしい!嫌がらせは止めてくれ!警察を呼ぶ!」と会葬を拒否し、これを成原弁護士(嶋田久作)が引き取って良子を追い返した。良子は香典1万円を置いて帰った。
脅しであったとしても、この程度の問題になんで「警察を呼ぶ!」ということばがでるのか?安易に使われ過ぎる。コミュニケーション能力の低下を感じます。
良子はコロナ禍でカッフェの仕事に行き詰まり、花屋のバイトと風俗の仕事を掛け持ちで働くことにした。他人に迷惑を掛けないよう、家計簿はしっかり付けていた。
良子は風俗の仕事で客に「年取ってるな!コロナじゃないな!もっと若いのがよかった」と侮られるがじっと我慢して「まぁ、がんばりましょ」と自分を励ます。知り合った風俗嬢のケイ(片山友希)は「馬鹿にされてる!」と耐えられない!
指名がかかって急ぐケイがゴキブリを見て悲鳴。そこに店主の中村(永瀬正敏)が駆けつけスプレーで退治。「私たちはゴキブリか?」とケイ。(笑)
良子はこれでいいが、13歳の息子・純平(和田庵)は上級生に呼び出されて「賠償金を取って、風俗で働いて、市営住宅か?」と虐められる。純平は家に帰り母良子に「変な仕事してない?税金で暮らして」と聞くが、良子は「してない!ルールは守る」と言葉を濁した。
純平のシャツに血が着いていた。良子は学校を訪ね、担任に正すと「知らない」と言い「風俗の仕事をしていないでしょうね」と聞いてきた。良子は「純平に何かあったら許さない!責任感のない人はそういう風に薄ら笑いをするんです!」と抗議して帰った。(笑)
良子も花屋のバイト先で、「(痛んで)処分する花を持ち帰るな!」とひつこく注意されたり、学校からの呼び出し電話(携帯)を店の外で取ろうとして「規則違反!」とネジャーの斉木(笠原秀幸)に責められるという、店長(コージ・トクダ)が就職を頼まれた子を採用するために、解雇されそうになっていく。そして2カ月前の解雇通告を無視して上の指示だと解雇を言い出される。
良子は義父を老人ホームに入れて面倒を見ていた。この出費16万5千円が大きい!そだけに頑張っていた。純平を連れてホームを訪問した。
コロナ禍でモニター超しでしか会話はできない。このシーンを映画の中に取り込んでおくのはいい着眼だ。義父は「職員のいらない自転車もらったら」と話す。純平はもらうことにした。(笑)立ち去り際、ホームではコロナ禍での慰安に“リモート慰安コンサート”を行なっていることを知った。良子は、学生時代、芝居にハマっていたので興味を示した。このシーン、どうでもいいシーンですが、後の伏線として大切なシーンとなります。(笑)
夫陽一の命日に、かってのバンドメンバーたちによる陽一を忍ぶ会に良子が参加するとメンバーの滝(芹澤興人)から「金に困っているだろう」と言い寄られる。迎えにきた純平がこれを見て、「セクハラだ、嘗められている」と心配をする。
ある日、良子が風俗店で家計簿をつけていると、ケイがインスリン注射を打っていた。糖尿病で子供の頃から死ぬまで一生注射する。「母は死に、父から8歳の頃からレイプされていた」と言う。そこに中村がやってきて「腕を切って死のうとする子がいたが、生きているからましだ、売れる!しかし何で苦しんで生きる!」と言い、「あんたはどう思う?」と良子に聞いてきた。良子は「分かります」と曖昧に笑って「無理して生きるのは馬鹿!」と返した
こんなことがあって、良子はケイを一緒に飲み屋で飲み、自分の本当の気持ち「旦那を理不尽な事故で失った。虫ケラ扱いだった。相手は自分のことだけで、マスコミ対応がうまかった。葬儀の差はなんだ!私はあの人の味方になる。納得できないで自分探しをしている」と打ち明けた。そして酔い潰れてしまった。ケイは純平を呼んだ。ケイの純平の無邪気さが気に入り、デートに誘い電話番号を教えた。
純平はケイに心奪われ、父が読んだ本で恋愛を学び、ケイに会いにゆくた老人ホームから自転車を譲り受けて乗る練習を開始した。不器用な純平の自転車練習が上級生たちの笑ものになった。
雨の夜、良子は神社で雨宿りしていて、かっての恋人熊木(大塚ヒロタ)に出会った。熊木の「離婚した。原因は夫婦が家族になって刺激的な愛が亡くなった。人生は失敗しても何度でもやり直せる。俺に全部任せればいいんだ」という言葉に、良子は熊木が本気で付き合ってくれると思った。
良子は中村に風俗店を退職すると伝えると「そいつは大丈夫か?金を貯めることはどうなるんだ!風俗で働いてること話したか?難かあったら電話しろ!」と スプレーでゴキブリを退治し、そのスプレーを良子に渡した。(笑)
良子は担任に呼ばれて学校に出向くと「純平の中間テストの成績が抜群で、なぜなのか」と担任に聞かれた。成績の悪い子をどう面倒見るかが先生だろうが。。。(笑)でも、とにかくうれしい良子でした。
純平は自転車でケイに会いに行くと、ケイのひも男((前田勝)に車で病院に連れて行かれるところだった。純平は「逃げよう!」と誘ったが、ケイは「何をやっても無駄!」と応じなかった。純平はこうして大人の世界を理解し始めていた。
ケイは病院で堕胎手術を受けた。
純平が父の本で父に隠し子がいることを知り良子に知らせた。良子はとっくに知っていてこの子の療育費を払っていたが、滝を介して増額の申し出がきた。
良子は熊木にホテルに誘われた。そこで良子は風俗で働いていたことを告白した。すると「自分は家庭持ちだし、遊びじゃん!かえって刺激があっていい」という熊木に良子が騙されたと思った。この年齢でこの様、良子にも落ち度がありますね!
良子はケイに会って泣いた!ケイは純平みたいな子が好きだと言い、癌であることを告げた。良子はカフェやるから一緒にやらない!と勧めた。
夜、純平が本を読んでいるところに上級生が「売春婦の子!」と冷やかしにきて純平と喧嘩になった。腹いせに火を掛けられボヤの発生。これで市営住宅を追われることになった。良子と純平がもう逃げ場がなくなっていったというのは分かるが、このエピソードはちょっとひどすぎる!(笑)
神社に熊木を誘い出した良子は茜色の勝負服で包丁をバックに忍ばせて出かけた。この勝負服に疑念を持った純平が追った。良子は近づいてくる熊木に包丁を取り出したが、純平がこれを取り上げた。逃げる熊木を純平が追ってぶん殴り、追いついた良子が泣くり、そこにやってきたケイが殴り、止めは中村が殴った。(笑)中村は「元ヤクザの俺に任せておけ」と中村をオレオレ詐欺の受け子にして警察に渡し、弁護士として成原を雇ったという。(笑)
ケイがビルから飛び降りて亡くなった。良子と純平、それに中村がケイの葬儀に参列した。「よくしてもらってありがとうございました」という父親の挨拶を白々しく聞いた。
その帰り、良子と純平は自転車にふたり乗りしていた。純平が「母ちゃん、俺、負けそうだ」と言うと「私も。ずーっとまだ夜にならない。まだ空が真っ赤っか!」と良子が答えた。純平は「母ちゃんが頑張るなら俺も頑張る。母ちゃん、大好きだ」と。
良子は、タイトル「神様」で老人ホームの慰安コンサーに参加した。神棚に向かって、「本当は結ばれるべきでなかった。くだらない男でも愛して、子供ができた。愛して、愛してる。生きがいだ!何が悪い!神様、これ以上に私に生きる意味を問うのか、試すのか?」とひとり芝居をし、中村に撮ってもらって、ホームにリモート送信した。
老人ホームで純平母親の芝居を見たが理解できなかった。それでも「この人こそが、俺の自慢の母ちゃんだ」と思った。(笑)監督作品には必ずぶっ飛んだシーンがあります。「愛のために生きる」、それがこれだった!!(笑)
感想:
良子や純平、ケイにとって理不尽だというエピソードが沢山紹介されましたが、どうでもいいようなものも入っていましたが(2、3コ省略)(笑)、良子が言いたい不条理は冒頭の夫が交通事故で亡くなるなるエピソードに尽きると思います。
迷惑防止条例違反で隣人に訴えられ、20日間の拘置所生活を不起訴で終えたばかりでこの作品を観たせいか、この不条理がリアルで情けなく、なんとかならないの?と感情移入して観ました。
警察を呼ぶ、弁護士を使う、規則だから、上からの指示と言わず、ちょっとでいい、相手の言い分を聞くだけでいい、聞いてやれないのか!それで悪いと思ったら謝れ!。もう少し人に愛があれば!これで随分と社会は過ごしやすくなると思うのですが。これは西川和美監督の「すばらしき人生」(2020)でも描かれたテーマです。
尾野真千子さんの演技。「まぁ、がんばりましょ」と不思議な笑顔で自分を殺し毅然として愛に生きる演技に、これまで彼女が体験したもののすべてが出ているようで、この物語の続きにきっと光が差すと思わずにはいられない力、存在感がありました。すごい女優さんになりました!この演技で、この年のキネマ旬報ベスト・テン 主演女優賞を受賞しています。
****