世界的建築家やクリエイターによるデザインで改修された東京・渋谷区の17個のトイレ「THE TOKYO TOILET」の「清掃員として働く平山の生き方」をドイツの名匠ビム・ベンダース監督のもと平山を役所さんが演じ、第76回カンヌ国際映画祭(2023で、男優賞を受賞。監督は初めてお目にかかるので、役所さんの演技とトイレ狙いで観ることにしました。
監督:ビム・ベンダース、脚本:ビム・ベンダース 高崎卓馬、製作:柳井康治
撮影:フランツ・ラスティグ、編集:トニ・フロッシュハマー、サウンドデザイン:マティアス・レンペルト。
出演者:役所広司、柄本時生、アオイヤマダ、中野有紗、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和、田中都子、他。
物語は、
東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山(役所広司)。淡々とした同じ毎日を繰り返しているようにみえるが、彼にとって日々は常に新鮮な小さな喜びに満ちている。
昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、人生は風に揺れる木のようでもあった。そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、自身を重ねるかのように木々の写真を撮っていた。
そんなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、彼の過去に少しずつ光が当たっていく。(映画COMより)
あらすじ&感想(ねたばれあり:注意):
TTT公衆トイレの清掃員・平山は毎日の生活リズムを厳守している。
夜が明ける前に近所の老女が掃除する竹箒の音で目覚める。少しの間天井を見詰めたのち、起き上がり、薄い布団を畳み、寝る前に呼んだ本のページを確認して本棚に納め、1階に降りて歯を磨き、水を持って2階に上がりベランダにあるいくつもの鉢植えの木に水をやる。その後、“THE TOKYO TOILET”のロゴの入ったユニフォームに着替え、1階に降りて玄関に置いている車のキーと小銭をポケットにしまい外に出て、一度空を仰いでスカイツリーを見る。自販機で缶コーヒーを買い、自製の清掃用具をぎっしり積んだ青い軽バンで清掃トイレに向かう。いつもの角でカセットテープを押し込む。曲はThe Animals のThe House of Rising Sun。
いくつもの風変わりなトイレを清掃する。
トイレの清掃も決めた手順通りに行う。目的場所に到着すると清掃具ベルトを着け、使用者が居ないかどうかをチェックし、ゴミの回収、便器から清掃開始して丁寧に磨く。鏡で見えないところもチェック。次に洗面台、鏡の清掃。最後にトイレに備え付けのモップで床を磨く。使用者があれば作業を中止して、見えない場所に身を置き、壁に写る葉っぱの影を楽しみ、去るのを待つ。
お昼は木漏れ日が零れる場所でおにぎりを食べ、その風景を写真に収める。木と木漏れ日が好きな男だった。古い木から芽ぶいた小さな木を持ち帰り鉢植えする。
清掃が終るとアパートに帰る。
自転車に乗り換えて銭湯“電気湯”に行き、いつもの地下の居酒屋でいつもの料理でビールを飲み、帰宅して寝落ちするまで本を読み、快く意識が消えていく中で深い眠りにつく。
トイレを気持ちよく使ってもらうとすればこうする以外にないぎりぎりの時間管理だった。平山はこれに満足していた。
その生活は繰り返されるが平山にとっては決して繰り返しではなかった。小さな変化に気付き、彼の中にはいつも新しいものが芽吹いていた。
平山はローテーションを組み仕事をしているチャランポランな若い男タカシ(柄本時生)と彼の恋人アヤ(アサイヤマダ)の関係。
タカシが遅刻しても何も言わない。彼の恋人アヤ(アサイヤマダ)と付き合うために「車を貸せ、金を貸せ」と求めるがうまくいなしながら叶えてやる。アヤは見た目が派手で孤独な女性。平山はそんな彼女を嫌がらない。音楽テープを盗まれても責めないで新しいテープを買って楽しむ。
平山は自分の世界とは全く違う人々ともつき合える大きな心をもっている。
しかし、タカシがこの仕事を辞めたときは激怒した。平山はルーティンの日課を崩して夜間遅くまでひとりでトイレ清掃し、会社に交代要員を要請した。仕事には厳しい人だった。
平山は人が目を逸らすような人、ホームレス(田中泯)に何かあればと目を掛けていた。公園で孤独な人を見つけると監察をする。同じ世界に住む人と大切にする。ホームレスは踊りで返礼していた。トイレに残された紙に返事を書いて交流するんだ!
休みの日は、写真屋“十字屋”に出掛け、撮ったフィルムの現像依頼し、現像が出来上がった写真を受け取って写真を整理して楽しむ。本屋で100円の文庫本を買う。今回は幸田文の「木」を買った。店主に的確な書評を貰って買うことが出来る幸せ。そしてコインランドリーで洗濯。
休日に通うママ(石川さゆり)の店でママが唄う「朝日のあたる家」の歌を楽しむ。何時まで楽しめるのかな。
そんなある日の夜、居酒屋で飲んでアパートに帰宅すると姪で高校生のニコ(中野有紗)がアパートを訪ねて来た。2階の平山の部屋にニコを寝せ、平山は1階の台所・洗面所で寝た。
平山はルーチン通りの日程で行動し、ニコの要望で一緒にトイレ清掃、昔の思い出を話した。
次の朝、出勤時ニコが平山の書棚からパトリシア・ハイスミスの「十一の物語」を読み主人公ヴィクタールに似ているからこの本を貸してという。一緒にトイレ掃除に出た。銭湯にも連れていった。平山はニコには内緒でニコの母親ケイコ(麻生祐未)に迎えにくるよう電話した。
ニコが「何で母と仲が悪い?」と聞くので「世界はいろいろある。私の世界はここだ。君のママの世界とは違う」と話した。ニコが「私の世界に行く?」と聞くので「今度」と答えると「今度はいつ」と聞く。「今度は今度、今は今」と教えた。ふたりは自転車で「今度は今度、今は今」と歌いながら走ってアパートに戻ると、ケイコが待っていた。
ニコが「家の戻ったらヴィクタールになる」という。平山は「そんなことを言うな!」と諫めた。平山とニコは同じ本を読み同じ想いを抱いていたことが分かった。そしてケイコは「父も弱ったから一度家に寄って!」という。平山はケイコを抱擁して泣いた!
ニコの出現でこれまでほとんど分からなかった平山の過去が明かされた。
平山は裕福な家の出。父や妹と折り合いが悪く「トイレ清掃員になる」と
決めて家を出た。家族から離れ自分らしい生き方をしてきたがこれからどうなるのか。
平山は休日で、コインランドリーで洗濯をしていて、バーのママがタクシーから男と一緒に降りてバーの中に消えたのを見た。平山がバーに入ると二人が抱き合っていたので慌ててドアーを閉め、土手でタバコを吸っていた。
そこにママと抱き合っていた男が友山(三浦友和)と名乗り、「元夫です。癌で無性に会いたくなりきた。後宜しくい願いします」という。平山は「そんな関係でない」と断った。
友山が川面に写る光を見て「影って重なることがあるのですかね、分からないことばかりだ」という。平山は「決してそんなことはない」と友山の前にしゃがみ、友山の影が平山の影に重なっているのを見せた。そしてふたりで互いの影を踏み合う影踏みゲームを楽しんで別れた。
次の日、平山は箒の履く音で目覚め、いつものルーティン日課でトイレの掃除に笑顔で出掛けた。高速道路を走りながら、朝日の光を中で、突然泣き出した。
まとめ:
ラストシーン、平山が朝起きていつものルーチンで青い軽を運転して、トイレ清掃に急ぐ。登る朝日の中で、何を思い出したか泣き顔に変化していく表情をどう評価するか。まさに“木漏れ日”のように変化していく役所さんの表情、世界の人が絶賛する表情だった。
平山は自分で志願してこの仕事に就き、まるでお茶の作法のようにトイレ清掃を完璧こなす。この動作の中に「人のために生きる!」という強い精神性が読み取れる。
これを演じる役所さんの所作が凄い!人間性がよく出ていた。
平山の日課は箒で掃き清められる音で目覚め、決められたスケジュールで生活し、夜の読書で寝落ちして寝る生活。読書で人としての生き方を見つめ、心の安寧を求めていく生き方。これを繰り返す。
しかし、姪が現れたことでこの生活が続けられるか、さらに老いの問題がある。
見つけた答えは「世界はひとつではない」、「今度は今度、今は今」、そして「人のためにと生きる」。これは” PERFECT DAYS』だ。黒澤監督の「生きる」(1954)に繋がっていると感じた。
平山の心は木漏れ日だ。が、きっと答えを見出すだろう。
街の風景は、同じシーンが何度も出るが、昼夜間、天候の変化、東京独特の風物、特にスカイツリーが日ごとに色を変え、人に暖かい街に見えた。まさに平山の生き方だ。世界に発信される映画としてすばらしいと思った。
平山の部屋は1、2階からなり、よく整理整頓され、質素で平山の生き方がよく出て、小津監督の世界だった。
TTT公共トイレ。公共という意識をテーマとし作られたトイレ。透明なドアー、マッシュルーム型建物、あずまや等々とてもユニークで楽しめた。内部の配置、器具のデザインも面白い。
この作品の目的は市民にトイレをきれいに使って欲しいと訴えること。この思いをアートで伝えたいとスタートした作品。風景、ドラマ、そして音楽、これがうまく調和して平山の生きる世界感を浮き出て、トイレが“聖なる場所”となる作品。心に沁みる作品だった。
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