味のありそうな“タイトル”、田中裕子さんと尾野真千子さん共演ということで観ることにしました。
ドキュメンタリー出身の久保田直監督が、日本全国で年間約8万人にも及ぶという「失踪者リスト」に着想を得て、8年をかけて辿りついた作品とのこと。
失踪した理由が分からない、そこで辿り着いた彼女の生き方が描かれます。田中裕子さんの演技で見せる作品でした。特定失踪者を念頭に置いた作品でもあり拉致家族の苦悩が伝わる作品でもあります。
監督・編集:久保田直、脚本:青木研次、撮影:山崎裕、音楽:清水靖晃。
出演者:田中裕子、野真千子、安藤政信、ダンカン、白石加代子、長内美那子、小倉久、寛山中崇、田中要次、平泉成。
物語は、
北の離島にある美しい港町。登美子(田中裕子)は30年前に突然姿を消した夫の帰りを待ち続けている。漁師の春男(ダンカン)は彼女に思いを寄せているが、彼女がその気持ちに応えることはない。そんな登美子の前に、2年前に失踪したという夫・洋司(安藤政信)を捜すな奈美(野真千子)が現れる。奈美は自分の中で折り合いをつけて前に進むため、洋司がいなくなった理由を求めていた。ある日、登美子は街中で偶然にも洋司の姿を見かける。(映画COMより)
あらすじ&感想:
冒頭、裸体で抱き登美子と夫の会話、「機関士になって何に?遠洋の船?」「ニューカレドニア、サンチェゴ、・・」と寄港を挙げる夫。
登美子が起床し、夢を振り払うかのようにしっかり顔を洗う。海辺に夫のもの、髪の毛でもよいと探す。石を拾い持ち帰る。
登美子はイカ加工所で働き、ひとりで港の見える丘に住んでいる。
夫が失踪して30年、いまだに夫を待ち続ける登美子に情を寄せる漁師の春男(ダンカン)がそっと魚をとどける。働き仲間は「もういいんじゃない!」というが全く聞く耳を持たない。春雄の母・千代(白石加代子)から「何とかして欲しい」と泣き付かれるが、「私は結婚している」と拒否した。
登美子は毎日実家の母親(長内美那子)に顔を見せるようにしている。父親はよく暴力を振う人だったが亡くなっている。このことが優しかった夫への大きな思慕に繋がっているかもしれない。
奈美は夫の失踪を相談した元町長の入江(小倉久寛)に勧めで、特定失踪者手続きを進めるため登美子を訪れた。
奈美は在日3世の看護師(35歳)。中学教師の夫・洋司(40歳)が2年前に失踪。「韓国語に興味ある夫で拉致されたかもしれない」と話し「いなくなった理由が知りたい」という。登美子は「特定失踪人に承認されても期待しない方がいい」と話し手続きを引き受けた。
その夜、登美子は夫の記憶が消えないよう聞いている夫が録音した新婚の頃の甘い声のテープを聞いた。
登美子は洋司の調査を開始した。
イカを捌く登美子と別人だった。何年もこうして捜しているというのが分かる。奈美のアパートを訪ね洋司の部屋を見る。びっしり本が並んだ書棚。携帯電話におかしな内容はないか確認、机の上の石を見つけた。奈美が「洋司が検診にきて奈美が声をかけたのが馴初めだった。普通の人に見えて静かな人だ。ちょっと出てくると言って出て行った。よく夢に出てくる」という。登美子は「夢に出てこない。帰ってこない理由はないと思ったが、帰ってくる理由もないと思うようになった」と明かした。
奈美は登美子の勧めでこのあと警察署で引き取り手のない遺体資料を閲覧した。
洋司の友人から人となりを聞いた。図書館で洋司が居なくなった日の天候や事件を調べた。
登美子は「ちょっと出てくる」と出て行った夫の夢をみるようになった。熱心に調べているうちに奈美の話す洋司が乗り移ったようだ。この感覚は分かる。
ある日、漂流船が浜に打ち上げられた。
ひとりの男が救助され奈美の勤める病院に収容された。登美子は奈美の好意でこの男に面会した。夫ではなかった。登美子は「こうしないと夫を忘れそうになる」という。
洋司の調査で洋司が自分の夫を重なってくる、そして漂流船の男に会う。登美子の行動を見ている狂っているように見える。窪田監督が8年かけて失踪者を見続けた成果が出ていると思った。
登美子は母親を亡くした。
登美子が母を訪ねると、母は夫の義足を抱えて亡くなっていた。登美子は置き去りにされる寂寥感を持った。
登美子が何も知らず呼ばれ料理屋に赴くと仲人と春男が待っていた。
仲人は「春男は仕事が手につかない、よく話し合ってくれ」という。春男が「旦那が帰るまででいい、面倒を看させてくれ!」と云うが登美子は拒否した。春男は「俺は死ぬ!」と言い、ふたりは別れた。
春男はひとりで小船に乗り海に出て行方不明となった。このことを知っても登美子は誰にもこのことを話さなかった。
奈美が元町長・入江のところに調査結果を聞きに来た。
入江が「登美子さんが調べた資料で本部が特別失踪人かどうかを判断する」と答えたところ、「コピーが欲しい」という。奈美は「洋司と離婚し再婚して子供を作りたいために必要です」と説明した。奈美は「特別なことではない」と言う。
登美子は家の戻り、夫が録音したテープを聞くが、テープが絡み聞けなくなった。
登美子は新潟市に住む義父(平泉成)を訪ねた。義父は「息子は身勝手なやつだった。もう義理立ていいのでは」と云った。この帰り、・・
登美子は新潟市内で洋司に出会った。
洋司は「10カ月海洋調査船に乗っていたが帰って謝ろうと思う」と言う。「失踪した理由は子供をいつ作る、家を持つなど、先のことが決められていることだ」と説明した。登美子は「ちょっと行ってくると言っていなくなる。どれだけ心配させる。私なら殴る」と言い、奈美に会わせることにした。
洋司は奈美に会い、「昔の私がいると思った」とピンタされた。
登美子は「何故連れてきた!貴方は夢の中にいる人。私は夢の中では生きて行けない。旦那さんはどこかで亡くなっている」と追い返された。
雨の夜、登美子がお茶を飲んでいると洋司が訪ねてきた。
洋司を家に入れ、夫のセーターに着替えさせた。登美子は無性に夫が思い出され夫の部屋で夫に話しかけていた。それを聞いた洋司が部屋に入ってきた。登美子は洋司を抱き、「お帰り、どこにいたの」と話しかけると「小笠原、トラック、カレドニア」と10カ月調査した海の名を口にした。登美子は「黙っていなくなるの?」と声をかけた。
冒頭の登美子の夢を重なっていた。洋司の声は夫の声だった。登美子は帰ってきた夫の腕の中にいた。狂っていた。テーマを明確に表現したとても秀逸なシーンだった。
洋司は朝、そっと「行ってくる」と出かけた。
春男が発見され、戻ってきた。
登美子はとても喜んで春男の母に報せに奔った。春男が「少しは心配したか!」と追ってきた。登美子は「このままでいいの、今のままでいいの」と春男の元を去った。
まとめ:
地味な作品だが、監督がしっかり足で稼いだ資料を基にした作品で、決して知ることの出来ない夫が失踪した妻の心象を見せてくれました。
夢に中で夫を待ち続ける狂った女性の愛の物語だった。
冒頭の登美子の夢。この夢で生きることの強さと洋司に夫を重ねてしまう危なさ。さらに奈美の生き方と比較しながら、登美子の生き様を見ました。胸が苦しくなる。何故失踪したのか、遺体でもいい、何かをとどけてあげたい!
拉致家族者の狂わんばかりの苦しみが伝わる作品でもありました。
田中裕子さんに最初から終まで笑顔はない。冒頭の洗顔のシーンからイカを裁くシーン、洋司に抱かれる狂ったシーンまで登美子の夢の世界に引きずり込んでくれました。セリフがなくても佇まいだけで分かる演技、堪能しました。
久保田監督が8年かけて失踪者を見続けた成果が出ている作品だった。
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